聖夜  前


桜木花道(15歳・男)は悩んでいた。
しかもなんと恋愛問題である。去年までの彼に比べると青天の霹靂だ。
大した進歩だ、と喜んでばかりもいられない。
確かに念願の所謂恋人と呼べる存在は出来た。
手を繋いで登下校の夢も果たした。
問題は、その恋人の性別が異性ではなく同性だという点にあった。
それでも最近はなんとか納得している。納得せざるを得なかった、とも言う。
そんな花道の悩みとは。

ったく・・・あのキツネヤロー、どこまで恥知らずなんだ・・・

彼のお相手は同じバスケ部に所属している同学年のスーパールーキー・流川楓君(15歳・男)であった。

そ、そりゃあキツネに強引に押し切られたとは言え、一応俺達はお、オツキアイなるものをしているワケだし・・・
やっぱり二人きりになった時なんかそこはかとなくイイ雰囲気になっちゃったりもするし・・・
しかし!ヤツは手が早い。如何にもそっち方面には興味無さそうなツラしてやがるクセに二人きりの時は所構わずヒトんこと触りまくりやがる。
そんなヤツに押し切られてあれよあれよと言う間に・・・貞操を奪われてしまった。
ま、まあ、アレは一応合意の上だったし・・・何だかルカワとの距離がぐん、と縮まった気がして・・ちょっぴり嬉しい。
う、うがーーっっ!!真っ昼間からオレはなんてフシダラな事を考えてんだ!!
ち、違う!今考えんのはそんなフラチな事じゃなくて!
もうすぐクリスマス、かあ。
去年までは洋平んとこで軍団の奴等とバカ騒ぎしてたなあ・・・今年はキャンセルしなきゃなあ・・・
なんでって・・あのキツネがクリスマスは一緒に過ごす、とか抜かしやがったから!
オレはそん時はまだ軍団の皆と集まる気でいた。
でも、ルカワがオレの手をぎゅ、と握ってやたらと熱い眼差しで真正面から見据えて、「特別なヤツと過ごすから特別な日なんだろ?だからオレはオマエと過ごしたい。オマエが他の何よりも誰よりも特別好きだから・・・」なんて囁かれたら・・・気が付いたら、顔を紅くして頷いていた・・・
あああ・・・なんかオレ、キャラ違くねえか?絶対にキツネウイルスに侵されている!
あ、確かそんな病原菌あったような・・・どうでもいい!
やっぱり・・折角のクリスマスだし。好きなヤツと一緒にいたい、よな・・・
あああ!!やっぱり毒されてるぅぅ!!!

クリスマス。
オレは今年のこの日を何日も前から楽しみにしていた。去年まではただケーキとクリスマス仕様(らしい)料理を食って寝ていた。
世間一般のイベントとかどうでもよかった。
今年はチガウ。
オレは今までバスケにしか興味が無かった。学校にもバスケしに通ってるようなモンだった。
それが今年は!!
コイビトと過ごす初めてのクリスマス!!(興奮気味)
その愛してやまない(・・・)恋人の名はどあほう・・もとい。桜木花道という。
イチゴみたいな紅い髪がベリィキュートで日本人にしては色の淡い琥珀の瞳がオレを睨みつける時なんてゾクゾクするほどセクシィで更にはその華やかな名前に冠した花の花弁の色した(クドイ)ふっくらした魅惑の唇がオレを罵る様も黄金率とはコレを言うのかと納得出来る程のバランスの取れた、しかしどこか蠱惑的な程に色香の漂うダイナマイトバディも、とにかく全てが!
その存在の全てが常にオレの目を惹きつけ、刺激する(某下所含)。
時にはあいつの照れ隠しのボディランゲージ(殴り合い)につい応えちまって応酬したりもするが、二人きりん時なんて信じらんねえ位可愛くなる。
キスした時とか夜の寝床で見せる痴態とか・・・今でも思い出すだけで鼻血が・・おっと下まで元気になってきやがった。
そんくれぇどあほうは可愛くて色っぽい。
そんだけじゃねえ。アイツは家事も万端。アイツの手料理なんてコレを食ったら他の料理なんて食えたモンじゃねえってくれぇのシロモノだ。
プリティフェイスにナイスバディ、おまけに家事も万端なんて良い嫁になれる事請け合いだ。
まってろどあほう。高校卒業したら二人でアメリカ行って式挙げような。
おっと。未来の夢もイイが、今は目先の幸せだ。
今年のクリスマスはどあほうん家でアイツの手料理食ってアイツ自身もじっくり頂く。
なんせまだ付き合って何ヶ月も経つのにまだ一回しかヤッてねえ・・・
この日の夜は朝まで寝かせねえからな。覚悟しとけよどあほう。
ゴム一箱で足りっかな・・予備買っとくか。(阿呆)

そして待望のクリスマス当日。
この日は終業式で後片付けもあり、体育館は使えなく、一年マネージャーである晴子が部活の休止と明日の開始時間を告げに一年七組を訪れた。

「あ、桜木君。流川君もいたのね。丁度よかった。あのね、今日の部活は体育館が使えないからお休みで、明日の練習の開始時間は午後一時からだって。彩子さんからそう言ってくれって。桜木君達で最後だから。二人はこの後予定でもあるの?」

晴子が首を傾げて問い掛けるのに花道が僅かに頬を染めて何か言うより早く、流川が花道の腕を取って

「どあほうはこの後おれに付き合う。」

それだけ告げて花道を引き摺る様にしてさっさと教室を出ていった。
後に残された晴子はどこかうっとりとした眼差しで二人の姿を見送り、

「あの二人・・やっぱりデキてたのね・・・v」

夢見る様にぽつりと呟いた・・・

マネージャーとして二人を温かく見守る内に腐りかけていったようだった・・・

そして、花道のアパートの近くにあるスーパーに二人の姿があった。

「たくキツネがワガママ言いやがるから・・なんでこんな日にまでテメーにメシ作んなきゃなんねーんだよ。」
「どあほう。こんな日だからだろ。トクベツな日だからこそオメーの手料理が食いてーんだ。」

途端に花道の顔がぼん、と真っ赤になった。
流川は時々直球に花道への想いを語る。それに花道は中々慣れないのだ。

「・・しょーがねえ。今日位はキツネのワガママを聞いてやらあ。」


そして、二人は花道のアパートの近くのスーパーに来ていた。
籠を持ってあちこち見て廻り、花道がふと足を止めて惣菜売り場でローストチキン二人分を放り込むのを見て、流川がクレームを付ける。

「おい、オレはオメーの手料理が食いてえんだぞ。んな出来合いなんて買うんじゃねー。」
「バカ言ってんじゃねーよ。今からこんな手が掛かるモン作れっか。本格的にやろうと思ったらコレは結構時間かかんだぞ。」
「そーなんか?」
「そーなんだよ。ま、他のモンでガマンしろや。」

そして花道は気軽に籠の中に食材をポイポイ放り込んでいった。
いつもは材料を値段と睨めっこしながら吟味していくのだが、今日は食費を流川が持つ、ということなので花道は気楽なものだ。
買い物を済ませ、二人は花道のアパートに向かった。
花道が台所で食事の支度をしながら流川に指示をして風呂の用意をさせる。
花道曰く、「働かざるものは食うべからず!」だそうだ。
それを済ませて流川が戻ってきてもまだやる事は残っていた。
食卓となる炬燵の上を片付け、布巾で軽く拭き、皿や箸などを並べる。
進歩したもんだ。
その様を眺めて花道は目を細める。
これは花道が叩き込んだ。初めて花道のアパートに来た時、流川は自分で動こうとしないで、ただ、動き回る花道の姿を目で追っているだけだった。
それを怒鳴ったり宥めすかしたりしながら、漸くここまでにした。
花道は感慨に浸りながらも手際よく手を動かし、料理を仕上げていく。

「おーし、キツネ、出来たぞ。おら、コレ持ってけ。」
「・・おー。」

流川は言われるままに次々差し出された料理を炬燵に運び、並べていく。
この日のメニューはグラタンスパゲティとミネストローネ、サラダ、バゲット(フランスパン)を切って、ピザソースや明太子ペーストを塗って具を乗せて焼いたもの、買ってきたローストチキンとオードブル数種、とクリスマスっぽいものだった。
更に花道が冷蔵庫から何かを取り出して持ってきた。
それを食卓の真ん中、メインとなるようにそ、と置く。

「ケーキ、買ってあったのか?」
「いや。・・・オレが作った」

流川は目を見開く。
それは、売ってあるものとあまり変わらないようなクリスマスケーキだった。
苺と生クリームを主体にデコレーションされ、一応「Merry Xmas」と文字も書かれている。

「スゲー・・・」

花道が料理が巧いのは知っていたが、こんなケーキまで作れるとは流石に思わなかった。

「オメー、こんなんまで作れんのか・・・」
「ああ。オレのかーちゃんよ、料理も巧かったけど、お菓子作りも得意でよ。オレが小せぇ頃、よく手伝ったんだ。お菓子が段々出来ていくの見んのが面白くてよ。あ、このケーキは洋平のねーちゃんから本借りて、それ見て作ったんだけどな。」
「・・今、オメーの母親、いねーのか。」
「うん、オレが小学生ん時、病気で死んだ。」
「・・・ワリー・・」
「別にいいよ。なんだよ、キツネが萎れてんの、気味ワリー」

そうして花道は明るく笑う。
両親がいないのに、それを引きずらず、明るく前向きに生きる花道を、強いと思う。
きっと、両親に愛されて育ったのだろう。
そんな花道が流川にはいつだって眩しかった。

「おし。キツネ、シャンメリー開けろよ。」
「・・コレも持ってきた。」

そう言って流川が取り出したのは、フルボトルのスパークリングワインだった。
きっちりアルコールが入っている発泡性のワインである。

「なんだオメー何時の間に・・」
「ウチから持ってきた。一本位無くたってわかりゃしねえ。どーせ今、ウチ親いねーし。」
「へ?そーなんか?」
「ああ、旅行。この時期は毎年行ってる。オレは練習あるしメンドクセーから行かねー。」
「ふーん。じゃ、今年はよかったな!天才とホットなクリスマスが過ごせてよ!」
「・・・ウレシー・・」
「・・・ぬー」

流川が顔を綻ばせて花道に笑い掛けると、途端に花道は紅くなって俯いてしまった。
花道にとっても、今年のクリスマスは特別なのだという事を、漸く思い出したのだ。
恋人と過ごす、初めてのクリスマスだという事を。

「んじゃ、シャンパン開けるぞ。」

まずはノンアルコールのシャンメリーで乾杯をして、料理に手を付ける。
花道の手料理は、いつだって流川には他のどんな店のものよりも豪華で、特別に思えて、ひどく幸せな気分だった。
ふと、持参したスパークリングワインに目を留めて、それをこっそり開ける。

「おい、キツネ、ケーキ切るぞ。今食うか?」
「ああ。」

花道がケーキを切り分けている間、そのスパークリングワインをグラスに注ぐ。
生憎、花道の家には、シャンパン用のフルートグラスなどという洒落たものはなく、仕方なく普通のグラスに注いだのだった。

「ほら、ケーキおめーの分だ。ん?んだ、それ。」

グラスに注がれたものに花道が目を留める。
それは透き通った紅い酒で、グラスの上部にたゆたう泡まで薄いピンクに染まっていた。

「銘柄は分かんねーけど、苺が入ってるらしい。だからこんな紅い。」
「へーキレイだな・・なんか匂いも甘めぇ・・」
「飲んでみれば?」
「オレ、あんま酒強くねーんだけど・・まいっか。クリスマスだしな。それに紅い酒なんてオレにピッタリだろ?」

にぱ、と笑って花道はそれを一口含んでみた。
通常よりアルコール度数が低め(それでもビールよりは高い)なそれは甘口で発泡性である為、割りと飲みやすい。

「・・うめー」
「そっか。このケーキもうめー」

流川は切り分けられたケーキを頬張っていた。
真っ白いふわふわのクリームとスポンジが絶妙で、スポンジの間と、デコレーションに盛られた苺も甘くてジューシーで、こんな美味いケーキは初めてだ、と流川は思っていた。
もっとも、日頃あまり甘いものを好まない流川は、ケーキを口にする機会など殆ど無いのだが。
それでも、花道の作ったケーキなら1ホール丸ごとイケる自信がある。

「ルカワぁ、コレうめーぞ」

やたら御機嫌な花道の声に振り向くと、グラスに注いだ紅い酒が空になっていた。

「・・オイ、大丈夫か」
「ヘーキだぞこんくれー・・・」

しかし花道の琥珀の瞳はとろんとして潤み、頬は薄らと染まってみるからに酔っている。
その様に流川はごくりと喉を鳴らした。
二人は付き合っているとはいえ、体を繋いだのはまだ一回しかない。
正直、流川はいつだって花道に触れたいし、早く二回目がしたいといつも思っている。
そして、今日はそのつもりで此処に来ていた。
すっかり花道の、普段は見せない色香に当てられた流川は行動も素早かった。

「どあほう、おめー酔ってる。もう寝るか?」
「んー・・・先にフロ入る・・もう沸いてんだろ?」
「おう。・・オレも一緒に入る。」
「ああ?ジョーダンじゃねーぞ。ウチのフロは狭いんだ。オメーとなんか入れねーよ。」
「ダイジョーブ。オメーは先入って体洗ってろ。オメーが湯船に浸かってりゃヘーキ。」

言いながらも流川は花道を立たせ、風呂へと追いやる。
その間に流川はテーブルを少し片付け、自分も脱衣場へ向かう。
ぱぱっと服を脱ぎ捨て、風呂場の扉を開けると、花道が体の泡をシャワーで流している所だった。
流川は慌てて後ろを向いた。
いきなり目にした花道のバックショット(泡付き)に危うく鼻血を噴きそうになったからだった。
イカン。いきなり襲ったら嫌われる。
取り敢えず深呼吸して気持ちを落ち着け、再度風呂場に入る。
その時には花道は体を流して湯船に浸かっていた。
ち、と舌打ちしながらも、どうせこの後存分に見れる、と思い直して自分も体を洗い始める。
早く花道と入りたい為、かなり手早く体を洗い、流した。
そして、花道が浸かっている湯船に殆ど無理矢理入り込む。

「おい!せめーよ、てめー、キツネ!出やがれ!!」
「ヤダ」

花道の後ろに入り込んで、流川は体を花道にぴったり密着させ、後ろから抱え込む。

「やっとくっつけた・・・」
「ああ?」
「ずっとこうしたかった・・・なのにオメーはあんま触らせてくんねーし、オレはいつだってオメーに触りてーのに、・・たまに、オレの方がオメーを好きなんかな、て思う時がある・・・」

花道の肩に顔を埋めて呟く流川に、花道は驚きを隠せなかった。
バスケに関してはあれ程自信満々で、普段の態度も「天上天下唯我独尊」て言われる位にふてぶてしいヤツなのに・・
そんな男が殊、自分に対しては、時々自信無さげな表情を見せる時もある。今だって・・・
花道はくすり、と笑って、俯いた流川の黒髪に手を乗せる。

「バーカ。キツネらしくねんじゃねー?オレはキライな奴とオツキアイなんてする程、善人でもカンダイでもねーんだよ。オレ達は合意の上でオツキアイしてんだろ?」

途端、流川ががば、と顔を上げる。現金なヤツだ、と思った。

「・・・オレんこと、好き?」
「う・・・察しろよバカギツネ!」
「オメーの口から聞きてー」
「〜〜好きだよ!文句あっか!!」

流川にヤケクソのように怒鳴りつけてぷい、とそっぽを向いた花道は、顔から首から耳まで真っ赤で、流川は堪らなくなった。




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