君に慣れにし・・・(弐)



其処は花が咲き乱れ、光に満ちた美しい場所だった。
飛天がひらひらと舞う様に空を漂い、その内の一人が地に降り、博雅の許に歩み寄ってきた。
その手には何か、飲み物が入った色鮮やかな杯を捧げ持っている。
それを博雅に手渡し、博雅に勧めた。
それは何とも言えぬ甘く、芳しい香がして、その香に誘われる様に博雅は一口、口に含んだ。
何とも甘く、芳醇な味わいで、飲んだ先から体が痺れる様な、蕩けていきそうな、心地よい感覚に酔いしれる。
これが天上の酒(アムリタ)なのだろうか。博雅は心地よい感覚のままに、ぼんやりと考える。
その内に、目の前に何かの輪郭がぼんやりと浮かび上がる。
幻覚かも知れない、とは思うが、あまり何かを考えていられない。
それは、いつか、どこぞの寺で観た仏の姿のようであった。

その仏はよく見ると一人ではない。二体の仏が互いに抱き合った姿だ。
一人は男、もう一人は女の仏。
それを眺める内、博雅の体に不思議な感覚が芽生えていく。
いつか、身に着けていた筈の衣は全て消え去り、生まれたままの裸身を晒していた。
と、空を舞っていた飛天がふわりと降り立ち、博雅にそっと寄り添う。
その、未だ幼い体を抱き締め、縋り付いて、その唇をそっと奪った。
博雅は驚きに目を見開くが、抗う事はしない。いや、出来ない。
先刻飲んだこの酒の所為か、体全体の感覚が薄れ、足が地に憑いていないように心許ない。
なのに、飛天の手が肌を弄る感覚だけは甘い刺激となってその身に齎される。
知らず、博雅は荒く息を吐いていた。

肌を弄る手はなだらかな胸元を彷徨い、その中央の可憐な蕾にも触れ、指先で捏ね回される。
途端、博雅の背筋を何かが走った。
覚えのない感覚。戸惑う内にも更にその手は下に降り、下肢の中心、未だ使われた事の無い、初々しいものにそっと触れる。
そのまま撫で回され、緩く扱かれ・・・そうされる度に博雅の息はどんどん上がっていく。
こんな処をこうされるのが心地よいと、初めて知った。言い様のない、悦楽。
手の動きが激しくなり、その柔らかな、果実の様な先端をくじかれて、遂に博雅は堪えきれず、白濁したものを其処から吐き出した。
その瞬間、男女が合一した様な、あの仏の姿はっきり見えた。
その顔は・・・

其処で博雅は唐突に目が覚めた。
荒い息、上気してしっとりと汗ばんだ肌。
何より、下肢に感じる濡れた感触。
衾を跳ね除けると、夜着の下がじんわりと濡れていた。それに博雅の顔がかあ・・、と紅に染まる。
夜着の濡れた部分が微かに盛り上がっていた。
其処を恐る恐る開くと、未だ幼い、愛らしい形のそれが大きく膨れ上がり、その先からは白く濁ったものを僅かに吹き零していた。
博雅は衾に顔を埋めて突っ伏してしまう。
自分の体はどうなってしまったのか。
こんな事、今迄に無かった。
それに、何より夢で見たあの男女の仏の顔は。
男に縋り付いてあられもない姿を晒し、悦を貪っている女の顔が、何故か自分の顔に見えた。
そして、男の顔は・・・敬愛すべき師であり、父でもあるあの方の・・・

何故だか解らない。自分はあの方にそんな事を望んでいたのか。
言えない。何より、あの方に嫌われたくない・・・
その後も、博雅は夢を見る事を恐れ、再び眠りに付こうとはしなかった。

翌朝、明らかに憔悴した様子の博雅を見て、宮は驚きを隠せず、痛ましそうに博雅を見遣る。

「博雅、顔色が優れぬようだが、眠れなかったのではないのか?」
「いえ、宮様の御心を煩わせる様な事では・・・」
「責めているのではない。私はそなたを案じているだけなのだよ。」
「はい・・・」
そのまま押し黙ってしまった博雅の姿に宮は眉を寄せる。

「博雅、こちらにおいで。」
「は、」
宮が手招きして呼び寄せる。
博雅は呼ばれるままに宮の傍に歩み寄った。
「ここにおいで。」
宮は自分の膝を指し示す。少し躊躇った後、博雅は言われる儘に宮の膝に静かに腰掛ける。
と、宮がふわりと片腕で博雅を抱きこむ。
今よりも幼い頃、よく宮にこうして抱いてもらった。
その時は父に抱いてもらった様で嬉しくて、よく甘える様に宮の胸に擦り寄ったものだった。
今は、こうしてもらう事は殆ど無い。
まして、あの夢を見た後では・・・

「のう博雅、言いたくない事であれば無理にとは言わぬが、やはりそなたの身が心配なのだ。悪しき夢であれば祓ってもらわねばならぬだろう?だから、今宵は私と共に寝むがよい。そうすれば、少しは安心出来るのではないか?」
「宮様・・・」
博雅が見上げた宮の表情は穏やかで、変わらずその瞳には博雅への慈愛が湛えられている。
そんな宮が嬉しくもあり、だが、己の浅ましい夢を知られてしまう、と思うとやはり気は晴れない。
博雅が切なげに眉を寄せ、宮を見上げる。
その表情に、宮が僅かに瞠目する。

博雅はこんな表情をする童だったろうか?
寄せられた眉の下の、僅かに潤んだ様な、淡い水の膜を湛えた、黒目がちの大きな射干玉の瞳。
微かに開かれた、未だ幼さが残る、ふっくらとした、ほんのり色付いた唇。
宮が今、その腕に抱いているその体も、子供の柔らかさは消え、代わりに引き締まり、しなやかな体付きになってきているのがその手に伝わる。
自ら教え、育んできた養い子が、もう子供ではない事を、宮は初めて知った。

その夜、寝殿の奥の寝所で、宮と博雅は一つの褥に共に寝ていた。
やはり未だ不安が残る博雅をその腕に抱き、眠りに落ちるまでその髪を指で優しく梳いてやる。
その優しい感触に安心したのか、次第に博雅は眠りに落ちていった。その様を見届けた宮は博雅の額にそっと口付ける。
博雅がもう少し幼い頃はよくこうやって一つの褥に共に寝た。
優しく頭を撫でたり髪を梳いてやると、安心して宮の腕の中で博雅は安らかに眠りに付いた。
そんな博雅が宮にはこの上なく愛しかった。今も。
だが、最早博雅は稚い童ではない。
徐徐に成長の証を見せ、体付きも童のそれではない。
より引き締まり、しなやかさが増していった。

と、腕の中で眠る博雅の顔をふと見遣り、その唇に思わず目が行く。
ふっくらとして仄かに色付いた唇は宛ら桜の実の様で、それから目が離せなくなる。
宮は愕然とした。その唇に触れてみたいと思った・・・指で、己の唇で・・・



                


/続