君に慣れにし・・・(壱)



最近、博雅は妙な夢を見る。
それが如何なる理由からか、確たる証はない。
妙だ、と思うのに、目覚めてみるとあまり内容を覚えてはいない。
ただ、えもいわれぬ余韻のみがその体に残るのみだった。

「博雅」
「あ、は、はい。」
つい、ぼんやりしていたようだ。
目の前には大叔父で楽の師でもある式部卿宮の些か厳しい表情。その手元には和琴。
そして、自分も和琴を爪弾いていた処だった。
「今日は些か気が乗らぬ様であるな・・なら、これまでにしようか。」
「いえ、申し訳ありませぬ。些か気が緩んでおりました。もう一手、お願い致します。」
慌てて博雅は宮に頭を下げ、再び教えを乞う。
宮も、博雅が自分の前でぼんやりとするなど滅多にあるものではないので、さして気を悪くした様子も無く、再び琴を爪弾いてみる。
自分の教えに必死で付いていこうとする博雅を、宮はふと眺めやった。

早いものだ。この博雅を引き取ってどの位になるかな?

博雅は、宮には兄の孫にあたる。
とは言え、歳の差は親子程にしか離れていない。宮にとっては息子が一人、増えた様なものである。
幼くして父母を相次いで亡くし、更には庇護すべき父方と母方の祖父をほぼ時を同じくして亡くしてしまった。
そんな博雅の後見となり、引き取って自分の得手であった楽のうち、和琴などを教えてみると、その全てを吸収し、自らのものとしていく博雅に、宮は感心を覚えた。
これからもっと伸びるであろう、博雅の楽の才を見届けてみたい。

その博雅が、近頃憂いを抱えている。
その憂いを出来るものなら取り除き、再び楽に専念させてやりたい。
博雅が一曲弾き終えるのを待って問い掛けてみる。
「博雅、なんぞ憂える事があるのか。それが音にも出ているようだの。それはそれで中々良いものだが。私はそなたの冴え渡る音が好きだ。音にも出る程の憂いとはどの様なものか、私に申してみぬか。」
「は、申し訳ありませぬ。宮様の御心を煩わせる程の事でもありませぬ。私が至らぬ所為でございます。」
「よいと申しておる。私はそなたの父とも師ともなれるよう、心砕いてきたつもりだ。いわば息子も同然のそなたが、何ぞ思い煩う事があるならそれを除いてやりたい、と思うは親心というものではないのか?」
そう言って優しく微笑む宮の瞳は穏やかに細められ、博雅への愛情を伺い知る事が出来る。
「ですが、私事で煩うわせるのは・・・」
「まあ、無理にとは言わぬ。そなたが話したい時に話してくれればよい。ただ、そなたが沈んでいると私も気が塞ぐ。その事は忘れてくれるな。」
「は・・・」
宮の暖かい心を嬉しく思いながらも、博雅はその時は話す事が出来ずに、その場はそこで引き下がった。
そして、その宵、また博雅はあの夢を見る。




             

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