逢いたくて、いま 2
そして、また何時もの様に、リハビリの合間に砂浜に来てそこに座り込み、流川を待つ。
いつの間にか、彼を待つのが当たり前になっている事に花道は気がついていない。
そして、この日も砂浜に座り込んでぼーっと目前の海原を眺めていると、耳に砂を踏みしめる規則正しい足音が微かに届く。
段々とそれが近くなり、やがて、流川がいつもの様に花道に近付き、一旦立ち止まって息を整えてから傍に座り込む。
それだけで、花道は既にドキドキし始めていた。
「あ、あの、よ・・明日はココに来ても、オレ、いねーから。」
「・・・なんで」
「明日は一日だけ、外泊していい日なんだ。偶にウチ帰んねーと、色々する事あるしよ。だから・・・」
「んじゃ、明日はオメーんち行っていー?」
「え、・・・なんで・・・?」
「・・・毎日、オメーに会わねーと気が済まねー。」
流川が花道の目を真っ直ぐに見詰める。
これは流川の癖なのだろうか。自分が興味の無いものには徹底して無関心な癖に、興味を持った物や人に対しては真っ直ぐに目を向けて逸らそうとしない。
特に、人に対しては怯む事なく、相手の目をまっすぐに見詰める。
花道も、いつもであれば怯む事なく相手の目を見返す。だが、今日は、流川から告白され、それに戸惑っていた為にか彼の目を真っ直ぐに見れなかった。
流川の視線からぷい、と顔を背け、ぶっきらぼうに言い放つ。
「・・・来たかったら、来ればいーだろ。」
「・・・・道わかんねー・・・」
「オメー、それでよく来る気になんな。・・アヤコさんには教えてあるからそっちで聞け。」
「わかった。」
流川の口元が微かに緩む。それが、一応嬉しくて笑っているのだと気付くと、更に花道は居た堪れなくなった。
他にはそんな顔は見せないのに、自分にだけ見せる、その理由が分かった様な気がして・・・・
結局、その日はそのまま、何も言わず過ごしてしまった。
流川も、特に返事を迫ったりしなかった。容易に答えが出る事ではない、と一応弁えているのだろう。
自分だったら、少しでもその気が無ければ一刀両断だ。悩む、という事は脈有りかもしれない。
花道には思い切り悩んで貰いたかった。
遠からず、答えは出る。それも、自分に取っては不都合ではない答えが。
それを思うと、やっぱり口元が緩んでしまうのを抑えられなかった。
次の日、部活開始の時間。練習が始まる前に流川は彩子の下に寄っていった。
「・・・センパイ」
「あら流川。アンタから来るなんて珍しいわね。どしたの?何か用?」
「桜木んち、場所知ってますか?」
「桜木花道の家?知ってるわよ。何、アンタあの子んち行きたいの?」
「アイツ、一日だけウチ戻るっつってたから・・・」
「ふーん。随分仲良くなったのね、アンタ達。ま、いいわ。練習終わったら地図書いて渡したげるわ。電車乗らなきゃならないけど大丈夫?」
「・・・多分」
彩子は軽く微笑むと、後輩の肩をぽんぽん、と叩いた。
「頑張んなさい。」
「・・・ッス」
礼のつもりか一礼して低く呟くと、くる、と背を向けて練習の為にコートに向かう。
全日本の合宿が終わった後も、あの無口な後輩は毎日、怪我を負ったチームメイトの下に通っているようだった。
良い傾向だ、と思う。
花道が復帰してチームに戻った時が今から楽しみだった。
「晴子ちゃん、ちょっと部室に戻るからここお願いね。」
「はい。忘れ物ですか?」
「ちょっと野暮用を思い出したわ。」
彩子は一年マネージャーである晴子に一声掛けると、急いで部室に戻って行った。
部活が終わったら、一刻も早く後輩に地図を渡してやりたかった。
その日も練習は滞りなく終わり、流川は早速、彩子に花道の家までの地図を渡され、足早に校舎を出る。
地図には駅までの道順と降りる駅まで丁寧に書き込まれていた。
駅まで自転車を飛ばし、電車に乗り込む。降りる駅は割りとすぐだった。
駅を降りて地図を見比べ、取り敢えず道順通りに歩いてみる。
少し歩くと商店街に行き当たり、その中に、ここ最近で見慣れた紅い頭を発見した。
「どあほう?」
その声に振り返ったのは、やはり紅い頭の持ち主でチームメイトの花道だった。
「なんだルカワ、随分早ぇじゃねーか。アヤコさんにちゃんと教えて貰ったんか?」
「地図書いてもらった。何してんだ、こんなトコで。」
「オレんち一人暮らしだからよ、食いモンとか残ってねーから買わねーといけねーんだよ。オメー、晩飯食ってくか?そんならオメーの分まで買わなきゃなんねーだろ?」
「どあほう・・いいんか?」
「仕方ねーだろ。こんな時間じゃ晩飯時だし。オメー毎日来てくれたからよ。ま、今日くれー作ってやってもいいかな、て・・・」
「どあほう、飯代、オレが払う。そんくれーさせろ。」
「おっしゃ!んじゃ、ゴーカなもん作ってやっからよ!」
花道が振り返ってにぱ、と笑う。
釣られる様に、流川もほんの少し、口角を上げた。
花道のそんな笑顔が見れるなら、自分に少しでも笑い掛けてくれるなら、食費だって何だって、幾らでも出してやる。
花道の為になら。
流川のそんな表情を目の当たりにした花道は、瞬時に眼を見開き、次いで、ほんのり頬を染めて黙ってしまった。
それから二人はスーパーに寄った後、花道のアパートで彼の作った、通常の二人分にしてはかなり量のある夕食を、同じテーブル(というか卓袱台)で向かい合って食べた。
花道の料理は量と栄養バランスと味付けがきちんと考えられていて、それは少なからず流川を驚かせた。
「手慣れてんだな。」
「一人暮らしだからな。親父がいた頃でも殆どオレがウチん事やってたし。親父は仕事ばっかであんまウチ居なかったから。母ちゃんはオレが小さい頃死んじまったし。」
「そっか・・・」
流川は滅多に無い事だが、ちくりと罪悪感を覚えた。
両親の事を話した花道は、心持ち目を伏せ、少し俯いていた。彼のそんな顔はあまり見たくなかった。
自分がそうさせたのだと思うと、尚更。
「ワリィ。辛え事聞いたな。」
「別に。オメーが気にする事じゃねえし。オメーでも悪いって思えんのか。」
「当たり前だ。好きなヤツの事なんだから・・」
流川が花道と目線を合わせて、ひた、と見据えている。
遂に来た、と思った。今も答えは出ていない。
どうしよう・・と視線を彷徨わせ、立ち上がって台所に足を向けた。
「桜木」
その声に、花道は思わず足を止めた。
この男が自分を名前で呼ぶなんて、初めて聴いた。
振り向くと、流川の真摯な瞳と目が合った。
流川が、不意に立ち上がる。花道は思わず一歩後ずさった。
流川が腕を伸ばし、花道の手を掴む。
「オイ・・・」
花道が睨み付けてくるが、構わず、 流川はぐい、と腕を引いてその体を腕の中に収めた。
「っにすんだよ!放せ!」
「暴れんな。頼むから、暴れんな。こうするだけだから・・・・」
流川が強く花道を抱き締め、その背中をゆっくり擦る。
びく、と腕の中の体が身動いだ。
流川の大きな手が優しく花道の背を擦っている。想いを込めるかのように。
「オイ、ルカワ、もう放せよ・・・」
気の所為か、抱き締めた体が微かに震えている。
その顔を覗き込もうとすると、紅く染まった耳が目に入った。
俯いて半ば隠された顔までほんのり染まっている。
そんな姿が可愛い、と思った。不意に、この男への想いがどうしようもなく湧き上がってくる。
「好きだ」
流川が紅く染まった耳元に囁く。びく、と花道の体が跳ねた。
「オメーがどうしようもなく好きだ。今、断られても、諦めらんねえ。いっつもオメーん事ばっか考えてる。最近練習で居残りもしてねえ。オメーの事ばっかで集中出来ねえから。早くオメーに逢いたい、とか、何時此処に戻ってくんのか、とか。そんな事ばっか考えてる。砂浜走ってっ時も、ただ、オメーに逢いたくて、逢いたくて・・・どうしようもなく、オメーが好きだ」
花道が顔を上げて流川を見ると、これ迄に見た事のない光が黒い瞳に宿っていた。
真摯なのに、何処か揺らぐような、切ないような・・・・
続
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