やみはあやなし…
梅の花もそろそろ咲き匂う頃合の、如月の晴れた一日。
博雅はいつもの様に晴明邸に、手土産を片手に訪れていた。
門を潜ると、ふわりと花の香が漂う。
晴明邸も、山野をそのまま移した様な庭にも紅白の梅があり、今を盛りと咲き匂う白梅に、僅かに遅れて紅梅が蕾を綻ばせたばかりだった。
博雅が目を巡らせ、いつも酒を酌み交わす場となっている濡れ縁を見遣ると、そこにこの邸の主が寝転がっていた。
近寄って、その秀麗な面を覗き込むと、微かな寝息が耳に届く。
珍しく、寝入っている様だった。
恐らく自分の前でのみ見せるであろう、晴明の寛いだ様子に、博雅の口元が綻ぶ。
「晴明、まだ風は冷たい。このような処で寝ていると風邪を引くぞ。」
更に近付いて、優しく耳元に囁きかけると、不意に腕を掴まれた。
「うわっ?!」
気が付いた時には晴明に抱きすくめられ、共に濡れ縁に寝転がっていた。
「こら、晴明、騙したな!」
「怒るな。おまえが来るまで寝入っていたのは本当だ。おまえの気配で目が覚めたのさ。」
「まったく、人が悪いぞ、晴明。」
「そう拗ねるな。そんな顔も可愛らしいがな。とっておきの酒があるからそれで機嫌を直さぬか。手土産もあるようだしな。」
「おお。今朝採れたばかりの山のものを持ってきたのだ。これでおまえと飲みたくてな。」
「それは楽しみだな。」
晴明は身を起こし、式を呼んでそれを預けた。
博雅も身を起こして晴明の隣に座る。
濡れ縁からは程よい位置に紅白の梅が並び、今を盛りと咲き匂う。
清冽で気品溢れる姿の白梅と、やや遅れて姫が恥らうかの様にやっと蕾を綻ばせ、愛らしく可憐な花を綻ばせたばかりの紅梅が目を愉しませ、辺りに僅かに漂う気品溢れる香が心を和ませる。
その間に式が酒肴の用意を二人の前に整える。
早春の、未だ冷たい、けれど柔らかさを帯びた陽射しが紅白の梅花に降り注ぎ、仄かに大気にその香が漂う。
甘く清しい、気品ある瀟洒な香とその気品ある花の姿、晴明が用意させた上物の酒、博雅が持参した、旬の山菜を焼いたものと、添えられた塩と醤。
二人は心ゆくまで、まだ早き春の宴を楽しみ、やがて陽が次第に傾いていった。
陽が落ち、辺りが薄闇に包まれる頃。
未だ光を孕む闇の中、白梅の白がぼんやり浮かび上がる。
「やはり夜の梅は昼とは趣が違うなあ。」
「ああ…」
博雅が梅をぼんやりと眺めてうっとりと呟く。
陽が落ちた薄暗がりの中で浮かび上がる、白く可憐な花は、昼の清冽さとはまた違った雰囲気を醸しだす。
夜の桜ほどの妖麗さではないにしても、何処か艶やかで、吸い込まれそうに観る者を惹きつける。
その高貴な香も、薄闇の中では一際際立つ様だ。
艶やかな花の姿と香にうっとりとする博雅を、ふと眺めた晴明は、思わず目を見開く。
黒目がちの瞳を潤ませ、昼からの酒宴で、酒精にほんのり染まった白い肌、薄く開かれた唇は、昼とは別の顔を映し出していた。
どこか、色を感じさせるその姿は目の前の白梅にも似て、観る者を惹きつける…
晴明が手を伸ばし、その体を抱きすくめた。
突然の抱擁に博雅は僅かに体を強張らせたが、その腕の暖かさ、馴染んだ晴明の香にほう、と息を吐き、
うっとりと身を凭せ掛ける。
顔に手を添えて上向かせると、その瞳がしっとりと濡れた様に潤んで煌き、その目元がほんのり染まっているのは酒精か、それとも…
「おまえもあの白梅の様だ…」
「え?」
「昼は清冽で気品溢れる姿が、夜には艶やかに観るものを誘うのよ。」
「誘ってなど…ん…」
晴明の唇が柔かく博雅のそれを塞ぐ。
下唇を啄ばみ、舌先で突付くと、おずおずと博雅の唇が開かれた。
その隙間からするりと舌を忍ばせ、その熱い口腔を存分に貪る。
博雅もいつか、晴明の首に腕をまわして、それに溺れた。
一頻り甘い接吻を堪能して体を離す頃には博雅の息は上がり、ぽってりとした唇は紅く染まり、濡れて一層の艶を放つ。
そのまま首筋に顔を埋めると「あ…」と微かな聲が漏れた。
「せ、め…此処では…」
「そうか。ならば奥に行くか?」
博雅が顔を紅くしてこくん、と頷くと、晴明はその体を抱き上げ、奥の閨へと向かった。
だが、半蔀は下ろされず、開け放たれたまま、御簾も降ろさず几帳も立て掛けない。
その為、其処からでも先程まで酒を酌み交わしていた濡れ縁と、其処から先の庭の有様がよく見えた。
「晴明…これでは濡れ縁と変わらぬ…」
「奥に変わりはあるまい?なに、此処から梅を眺めながら睦み合うのも好いか、と思ってな。」
「な…!」
抗議をしようとしてもすぐにその聲は甘く掠れてしまう。
直衣を剥ぎ取られ、単のみにされて、その肌蹴られた胸元には晴明の頭。
白い胸に顔を埋め、時折、ぷくりと尖った突起をしゃぶり、かしり、と歯を立ててみる。
「あん…」
「ほう、此処にも梅の蕾が綻んだぞ。」
「ばかっ…」
晴明に弄られた胸の突起がつん、と紅く勃ち上がり、ぬらぬらと光って正に花の蕾の如く、艶かしく綻ぶ。
晴明はそれを唇と片方の手で丹精しながらも、もう片方の手を下に下ろし、内股や下肢の中心をさわさわと撫でてみたりする。
其処は既に僅かに鎌首を擡げ、更なる愛撫を待っている様でもある。
晴明は徐徐に体を下にずらし、指貫の紐に手を掛けてしゅるり、と解いた。
その下袴も下ろし、その秘所を露わにする。
「いやっ…」
博雅が身を捩じらせ、内股を擦り合わせるが、それを押さえて更に脚を広げ、その中心を扱き上げる。
ぬちゃぬちゃという粘音と共に博雅が甘い聲を漏らし始めた。
「あ、あん…、んん…」
恍惚とした顔で強請る様に腰を突き出す姿はあまりに艶かしく、晴明の情欲を痛い程に刺激する。
「博雅…」
掠れた声で囁くと、晴明の紅い唇が目前の昂ぶったそれに口付け、舌を絡ませ、その口腔に含んだ。
「やあっ!」
びく、と博雅の躯が反る。
それに構わず晴明はそれを根元まで咥え、出し入れを繰り返しては裏筋をちろちろと舐め、奥の二つの膨らみをも手で揉みしだき、濃密な口淫を繰り返す。
「やあ…あ…、ああ…」
博雅の腰が揺れ、あまりの愉悦に頭を打ち振って身悶える。
晴明は陰茎を咥えながらも指を伸ばし、奥の秘孔につ、と触れた。
更に目の前の腰がびく、と揺れる。
晴明は一旦博雅のものから口を離し、溢れんばかりに蜜を噴き零すそれの先端に触れ、その蜜を指に掬い取る。
そして、蜜を絡ませた指を秘めた蕾に一本つぷ、と突き入れた。
「あ、…」
博雅の躯が強張るが、晴明は更にその脚を抱え上げ、其処を露わにすると、そのまま顔を寄せ、其処にちろ、と舌を這わせた。
舌に唾液をたっぷりと乗せ、其処を舐め回し、舌先で突付く。
「やんっ…」
博雅が甘く啼き、その腰が揺れる。
その先にある愉悦を躯が覚えている。
晴明はその様に薄く微笑むと、舌先を更に内に潜り込ませ、引き抜いてはその淵をたっぷりと嘗め回す。
その度にその腰がびくびくと揺れ、甘ったるい聲が漏れる。
既に下肢への愛撫は舌で秘孔を潤しながら指を時折潜り込ませてしきりに内を探り、解す様に指を増やしていった。
「はあ、あ…ん…ん、やあ…」
博雅は堪え切れない、という風に頭を打ち振り、その瞳は熱く潤んで目元は仄かに染まり、えもいわれぬ艶を醸しだしている。
「も、う…せい、め…え…や…」
「ふふ…もう堪えきれぬか。」
既に充分潤びた蕾は晴明の指を内へと引き込み、蠢いてさえいる。
その誘いに、晴明は下肢に熱が集まり、充分に昂ぶったものを取り出すべく、己の指貫の紐を緩め、猛り立ったものを露わにする。
それは既に反り返って先走りの蜜を吹き零し、びくびくと熱く脈打っていた。
それを更に手で扱き、博雅の脚を割り広げて奥の蕾に自身を差し当てる。
「いくぞ…」
「あ…」
熱く潤びた秘孔にそのままぬぐ…と突き入れた。
「ああ…」
その感触に博雅は息を吐く。
晴明はそのまま動かず、博雅が落ち着くのを待っていたが、やがて、晴明の先端を含んだ内壁がうぞうぞと蠢き始めた。
それを感じ取った晴明が更に腰を進め、奥までずぶずぶと突き入れる。
「ああーっ…」
博雅の背が仰け反る。
蠢く肉壷に引き込まれる様に更に奥まで突き入れ、やがて、その内に晴明が自身を収めきった。
「動くぞ」
「あ…」
晴明が博雅の脚をしっかり抱え、再び腰を動かした。
初めは深く、ゆっくりと。次第に抽挿を浅く、早いものにしていく。
充分に潤びていた蕾はぐちゅぐちゅ、と淫らな粘音を響かせ、肌を打ち付ける度にぱんぱん、と音が響く。
その度に博雅の躯がびくびくと跳ね、高く甘い聲で引っ切り無しに啼いてみせる。
「あん!あ、あ、あああ…っっ」
「ああ、博雅…なんと、悦い…」
晴明が我を忘れた様にひたすら博雅の内を突き上げ、抉る。
ふと、二人が絡み合う閨に光が差し込んだ。
陽が落ち、月が昇りはしたが、この日は雲が切れ切れに流れ、それに月が隠れていた。
その雲が僅かに風に流れ、その切れ間から差し込んだ、冴えた光が瞬時に辺りを照らす。
その冴えた淡い光は、閨の中、淫靡に睦み合う二人の姿をも照らし出した。
晴明は、月光に照らされ、浮かび上がる博雅の姿に息を呑む。
青白い光の下、博雅の白い肌が一層白く浮き立ち、汗と精に塗れた躯が艶かしく蠢き…
ふと、視線を横に流し、閨からもよく見える梅の姿をふと観止めた。
今を盛りと咲き匂う白梅の姿は、昼の陽の下とはまるで趣を異にする。
昼の清冽な雰囲気はなりを潜め、宵闇の下、月光に照らされた白い花弁は妖しさをすら漂わせていた。
その様はいっそ凄烈なまでで、観るものを惹き付け、其処に引き止めて離さない。
それは今、己の下で悦楽に悶えているいとしいひとにも似て…
陽の光の下、時折内裏で見掛ける、高貴な清廉さと、ほんわりとした、春の陽射しにも似た柔らかさを持つ
反面、夜の秘められた閨の内、自分との交合に身悶える、妖しく淫靡な様…
「博雅…」
熱く掠れた聲で名を呼ぶと、そのまま博雅の躯に手を掛け、己と繋がったままぐい、と持ち上げて体の向きを変えた。
「ひ!あああっっ…」
晴明と向かい合わせの体位を取らされ、己の体重で体内の屹立したものがより深く、ずぶずぶと内を抉っていく。
「あああっ!あ、ああっっ…」
博雅の躯がその刺激にびくびくと跳ねる。
その滑らかな背に腕を廻し、もう片方の手を揺れる腰に掛けて晴明は下からその躯を突き上げる。
「ああ!あんんっ…!」
「博雅…おまえは、花だ…おれだけの花…」
突き上げながら博雅の股に手を伸ばし、その中心で震えるものを掴んで扱き上げる。
「やあ!あんんっっ!!」
新たな刺激に更に身悶え、必死に晴明に縋りつく。
「せいめ、あ、あっ、も…っ」
「ひろまさ…」
晴明も突き上げる度にねっとりと絡みつき、締め上げる博雅の媚肉の感触に堪えきれなくなっている。
手の中の博雅の陰茎はしきりにびくびくと跳ね、しとどに蜜を溢れさせていた。果てが近い。
晴明は一旦それから手を離し、博雅の脚を掴んで軽く持ち上げ、腰を使って下から強く串刺しにした。
途端、突き入れた先端が内の膨らみを強く擦り上げた。
「ひあ!あ、あああーーっっ」
あまりの愉悦に堪らず、博雅は身を仰け反らせ、果てを極めた。
限界にまで膨れ上がった肉棒から白い淫液を迸らせ、肉壷に銜え込んだ晴明のものをきゅうっと締め付ける。
その強い刺激に晴明は低く呻いて、博雅の内に熱い精を叩き付けた。
博雅は身の内に熱い迸りを感じて、暫く身を震わせていたが、やがて力尽きた様に晴明に凭れ掛かる。
晴明も荒く息を吐きながらその躯を優しく抱き締め、暫く二人、悦楽の余韻に浸っていた。
暫くして、二人の息が落ち着いた後、晴明は博雅の内から己を引き抜き、そのまま抱き合って褥に倒れ込んだ。
博雅が甘える様に晴明の胸に擦り寄り、呟く。
「晴明…おれを花だと言ったな…花はな、己を愛でるものの為に咲くのだ。花は愛でて貰う為に花開くのだ。
だから…おれも、おまえの為に花開く。おまえの為だけに、おれは花ともなろう…」
「博雅…」
晴明はいとしい人の温かな躯を優しく抱き締めた。
「外が見えるか。ほら、白梅が闇にうっすらと浮かび上がっているだろう…」
言われて、博雅は首を巡らせて庭に佇む白梅の花を見遣る。
それは闇の中、夜の色に染まる様に見えて、染まりきらない潔さと、夜に属する様な妖しさをも同時に醸しだしていた。
「なあ博雅、同じ梅でも昼の姿と夜の姿はあんなにも異なる。おれは、あの梅をおまえに重ねて見ていた。
昼の清廉で無邪気なおまえと、夜、こうしておれに抱かれた時に見せる艶やかで淫らなおまえと…おまえは花だ。
あの梅と同じ、いや、それよりも心惹かれておれを離さない。おれだけの花だ。ずっと、おれだけの為に花開いてくれ…」
「ああ、晴明。おまえの為だけの花でいよう。ずっと…」
そのまま二人は深く口付けを交わし、いつか、また、互いの肌に溺れていった…
春の夜の やみはあやなし 梅の花 色こそ見えね 香やはかくるる
扉