たとえばこんな日

 

「う、わあああっっ(途中裏返り。)」

朝を迎え、京が目覚めようという刻… やんごとなき高貴な殿上人、源博雅の邸から当の博雅本人の(たぶん…)悲鳴が響き渡る。(しばらくお待ち下さい。)

それから数刻後…

 「との!何れにおいでになります」

「決まっている!晴明の所だ!」

「そ、そのお姿で、ですか」

 「車を使う。それなら文句あるまい?いずれにせよ、あいつ以外に頼めるか」

「し、しかし!しかし…」

もはや半泣きの家人を引き剥がし、女車に乗り込み、中で被衣まで被って一条へと急ぐ博雅。

「晴明!おるか?晴明」

 

余程切羽詰まっているのか、勝手知ったる他人の家、とばかりに案内も乞わず、ずかずかと邸内に上がり込んでいく。

「なんだ博雅。えらく早いではないか。そんな物まで被ってどうした?それに…痩せたか?えらく小さくなったような…」

 「…俺にも何故こうなったのか分からぬ…とにかく見てくれ。」

 微妙にトーンまで違う声を絞りだすように話しながら被っていた被衣を取ると…

「…ほう。これはこれは…」晴明が、感に堪えぬと言った様子で、口元を綻ばせる。

彼が見たものは。狩衣を着ていながらも小柄な体躯。全体的に一回り小柄になった印象を与える。

その顔も、見ると顎の辺りがすっきりと細く、僅かに丸みを帯びている。

その黒い瞳も、長い睫毛に縁取られ、一段と大きく、濡れた様に輝き、唇はもともと肉厚だったのが、更にふっくらとし、仄かに色付いて官能的ですらある。

晴明は、密かにほくそ笑んだ。ここまで見れば、彼には博雅がどんな変貌を遂げたのかは一目瞭然だったが、更に確証を深めるべく、突然彼を抱き締めた。

 「なっ…突然何をっ…」

突然の抱擁に、博雅がばたばたと藻掻く。

 「大人しくしておれ…」

ご丁寧に、耳元にふっと息を吹き掛ける。

 「っっ…」

博雅が身を固くしたその隙に、腰や尻の辺りを撫で擦る。

(こ、こんのセクハラ陰陽師っっ…)

 博雅が藻掻いている間にも役得とばかりに触り捲り、やっと腕の力を緩めた。

 「博雅…お前、女になっておるな。」

 博雅は、がっくり項垂れた。だから此処に来たんだとか、最初からそう言っときゃ良かったとか、いや先に言ったとしてもやっぱり触られるのは必至だろう。とか…言いたい事は、ものすごくあった

けど、結局言えずに脱力するばかりだった。

 「…しかし、妙な事もあるものだ博雅、思い当たる事は無いか?」

「無い。…と言いたい所だが…実は、昨夜不思議な夢を見てな。」

「…ほう。夢、とな。」

「うむ。何処からか、たおやかな女人が現れてな。おれの中に、重なる様に消えてしまったのだ。どうにも不思議でな。そこで目が醒めたら…この有様だ。」

「ふうむ…興味深いな。ま、その原因はおいおい調べていくとして…」

その瞬間、晴明の目が妖しく光ったと思ったのは、果たして博雅の気の所為だったろうか…

(そう。例えるならきらーんと…)

 「その格好では些か不自由ではないか…?」

突然の晴明の言葉に、その意図が掴めず

「いや。別に不自由という事は…そう言えば、少し衣が大き過ぎるかな?」

 「さもありなん。男から女にと体格が変わったからな。丁度、お前に似合いそうなのが幾つかあるのだ。今持って来させよう。」

ぱちんと扇を鳴らし、それに応えて式神が運んで来た幾つかの衣を念入りに吟味しだした。

「ふむ。これなどどうであろう。蜜虫、着るのを手伝ってやれ。」

「はい。博雅様、こちらへ。」

数刻後。蜜虫に助けられ、なんとかその衣を着てみたがー……

「おい、晴明。この衣は異国のものか?」

「そうだ。唐の国のものでな。気に入らぬか?」

「…何故こんなに躯に密着するのだ?」

 「気にするな。そういうものだ。ほう、結構胸があったのだな。腰も程よく括れて申し分ないぞ」

 「…どうもお前のその舐める様な目付きが気になるな…それに、何故足の付け根まで布が切れているのだ…?」

「そういうものだ。ほほう。すんなりした足が腿から足首まで拝めて実に艶っぽいぞ」

「…晴明。この衣はやめだ。他を見繕ってくれ。」

微かにこめかみをひくひくさせながら何とか怒りを抑える博雅。

「つまらんな。では、是などどうだ?」

またも、晴明が選んだ衣を蜜虫に手伝われて着てみたが…

「晴明…何故黒一色なのだ?墨染の様ではないか。」

「それはな、唐より天竺よりずっと西の国のものなのだよ。確か“めいど服”と言ったか?」

「…何故下がこんなに短いのだ?それに、何故足にこんな物を履くのだ…?」

 「下の丈は膝上10せんちと決まっていてな。その下に履いているのは“あみたいつ”と言うのだが…気に入らぬか?下半身が引き締まって良いであろうが」

「…晴明…お前、楽しんでおるな?」

「そんな事は無いぞ。(実は大アリ。)只、折角だからちと目の保養をと思ってな。」

そんな事をぬけぬけと宣う晴明の表情は、目が爛々と輝き、博雅の全身を頭の天辺から足の爪先まで、隈無く舐める様に眺め、なんだか博雅は身の危険を感じる。

 「異国の衣はやめだ。この国のものにしてくれ…」

「つまらぬなあ。まあよい。蜜虫、選んでやれ。」

「はい。」

暫らくして、博雅が蜜虫の選んだ衣裳に着替えてきた。蜜虫が選んだのは、杜若の襲である。いかにも涼しげな青紫がよく似合っている。

見慣れた衣に着替えた所為か、やっと博雅は落ち着いた様だった。髪も、下ろしてかもじまで付けている。

「ほう…その姿が一番よく似合うな。青や紫はお前によく映える。」

なんだか恥ずかしくなって、晴明の視線から顔を逸らす。

 「博雅…こちらへ。」

晴明が、自分の隣を指し示す。言われた通り、その席に躊躇いがちに座ろうとすると、腕を引かれた。

「うわっっ」

博雅は、晴明の腕の中に倒れこんでいた。何故か、顔が紅くなる。

「すまぬ…博雅。お前があまりに可愛いものでな。つい遊んでしもうた。」

「人を玩具にするな。大体、おれだって好きでこうなったのでは無いぞ。」

「すまぬ…もう機嫌を直せ。」

 

博雅の顎に手をやり、上向かせると、柔らかく口付ける。博雅は、最初は驚いたが、そのうち目を閉じた。

晴明の舌が口元を割り、中に侵入して見付けた舌に優しく絡む。

「んっっ…」

 鼻に抜けたような微かな吐息を洩らす博雅が愛しくて、暫らく舌を絡め、離すと頬や目蓋に口付けを落とす。博雅が、うっとりした様に晴明に体重を預ける。

「しかし…こうなった原因は何なのだろうな。分かるか?晴明…」

「なに、大方察しはついてる。案ずるな、博雅。」

 多分、いや絶対あのオンナ…

 

たとえばこんな日