珠玉





博雅はこの日、出仕した禁裏の内で、欄干に凭れ掛かってぼんやりと前栽を眺めていた。
いや、その目は庭を見ているようで、実はそれを素通りしていた。
脳裡に浮かぶのは、只一人。
自分の友であり、今は恋仲ともなっている、安倍晴明。
そう、恋仲なのだ、彼とは…そう思い至って顔を赤らめる。
友と思っていた彼と想いが通じ、体までも交わしたのはつい先頃の事。
既に二度、肌を重ねてしまった。
最近は、少なくとも自分の方は、色々な事が初めてで訳が分からず、分からない儘に夜を過ごした。
ただ、一つだけ確かなのは、彼と自分とは、何かが変わってしまった。
もう、友であった頃には戻れない、という事も。
それに戸惑う内に二度目の逢瀬を重ねてしまったのだ。
更に、晴明がそのような目で見てきたら、もう拒めないと思った。
未だ、すごく恥ずかしいものがあったが、晴明の為に受け入れよう、とそう、覚悟を決めて…

最中は、何がなんだか分からなかった。
ただ、晴明の肌がやけに熱く感じられ、その手が、唇が触れる都度、自分の内の何かが暴かれていく気がした。
触れていく傍から、自分の躯が熱くなり、聲を抑える事が出来なかった。
そして、晴明を再び奥に迎え入れた時…自分は、ただひたすらに晴明に取り縋って泣き叫んでいた。
腰も…何やら晴明の動きに合わせて揺れていた…ように思える。

「う、うわああぁっっ、な、なんとふしだらな!!あ、あのようなっっ……」

思わず、晴明と共にした、閨での事をまざまざと思い浮かべてしまい、一人、わたわたと慌て、赤面してしまう。

「おや、博雅様。」

背後からの声に、博雅は一瞬、息が止まる思いがした。
思わず固まった体をそろそろと動かして、声のした方を振り返ると、其処には見知った顔があった。

「や、保憲どの…」
「どうなさいました。何やらお顔が赤くなっておられるが。」

くすり、と微笑んだその人は、自分がたった今迄思い浮かべていた、晴明の兄弟子である賀茂保憲。

「あ、いえ、その、何でもないのです…お見苦しい処をお目に掛けてしまい、申し訳ありません…」
「なんの。見苦しいなどと。寧ろ、大変可愛いらしゅうございましたよ。大方、あやつの事でも思っていたのでしょう。ですから、謝罪など無用ですよ。」
「保憲どの…」
「晴明と仲違いでも致しましたか?いや、先程の御様子では些か違うようですな。
あやつが何か困らせる様な事でもしでかしましたか?」

博雅は、更に頬を染めてぼそぼそと、呟く様に答える。

「困ると言えば、確かに困る事はあります…その、想いを交わした仲であれば、何時でも、その…相手に触れたくなるものなのでしょうか…」

そこまで言った博雅は最早、顔どころか首から耳まで真っ赤に染まり、それがまた恥ずかしいのか、片手の袖で半ば顔を隠す様に覆ってしまっている。
その様が、保憲には姫が恥らう様にも似ている様に思えて、思わず口元を綻ばせる。

(まこと、可愛らしいお方よ…このようなお方であれば、友であった男との秘め事など、そりゃあ戸惑う方が多かろう。あやつももう少し気を付けてやればよいものを…)
「博雅様、あやつ相手に気兼ねなどいりませんよ。正直に、自らの思いを口にすればよいのです。
困る事があれば、そう言っておやりなさい。そしたら、あれも考えるでしょう。」
「は、はい…申し訳ありませぬ、このような私事を聞いて頂いて…」
「いえ、宜しいのですよ。私にはこのような事しか出来ませぬから。貴方が萎れていると私も寂しい、それだけなのですから。ですから、その様に私などに頭を下げる事はないのですよ。」

保憲はにっこりと笑い、そのまま博雅の許を辞していった。
博雅は、幾分気が晴れた様に感じ、退出したら晴明の邸に行こう、そう思えるようになっていた。

晴明は、一人、自邸の濡れ縁で庭を眺めつつ盃を干す。
何となく、今日は博雅が来るような気がして、その分の酒盃も用意してある。
近頃、博雅が何やら悩みを抱えている様子なのは気付いていた。
特に、自分が博雅に触れると、その瞳が戸惑いに揺れる。
或いは、自分と想いを交わした事を、悔いているのか。そうも思った。
それを思うと、気が沈む。今日こそは、博雅が此処を訪れたら、訊いてみよう。
その瞳が自分の所為で曇るのなら、何とかしてやりたいのだ……

「晴明様、博雅様がおいでになりました。」

蜜虫が博雅の来訪を晴明に告げる。
濡れ縁に案内された博雅は、宮中を退出した衣冠そのままの姿で晴明の前に腰を下ろす。

「邸の戻らずに此処に来たのか。また俊宏がうるさかろうに。」
「それはよいのだ。…一刻も早く、おまえと会って話がしたかったのだから。」
「ほう…で、何だ?おまえがそのように急いて話したい事とは…」
「う……それは、その、…お、おれとおまえは友であるが、…恋仲でもあるのだよな?」
「おれはそのつもりだが、嬉しいな。おまえもそう思ってくれていたのか。」

晴明が博雅に近寄り、その手を取る。

「あの、晴明、それなのだ。おれが話したい事とは…おまえ、おれにすぐ触れようとするだろう。恋仲であれば何時でもそうしたいものなのか?」
「少なくとも、おれはそうだ…」

晴明が博雅の頬に手を添え、その黒い、珠の瞳を真っ直ぐに見詰める。

「おまえが好きだから、心の底よりいとしく想うから、おまえの姿を目にする度、何時でもおまえに触れたくなる。…おまえがそれに戸惑っているのも分かっている。おれに話したい、というのもその事なのだろう?」

晴明の瞳が僅かに揺らぐ。博雅は、微かに胸が痛む思いがした。

「そうなのだ…だが、おまえにそのような顔をさせたい訳ではない。おれとて、おまえを想っておる。ただ、その、今はまだ慣れぬのだ。おまえと想いを交わした事は嬉しい。
だが、体を交わすのは、やはりまだ慣れぬ。おれは、自らと同じ男と情を交わす事があろうとは思わなかったから…もし、おれが姫であったなら、このように惑う事も無かったのだろうか、とも考える…」
「博雅…」

晴明がふわりと袖を翻し、目の前のいとしい相手をそっと抱き締める。

「すまない…おまえをそのように悩ませていたとは…おれは、些か急いていたようだ。
叶う筈が無いと、半ば諦めていた想いが通じ、心も体も交わす事が出来て、余りに嬉しくて自分の事ばかり考えていた。おまえの戸惑いに思い至らなかった。赦してくれ。おれとこのようにならなければ、おまえは極普通に、おまえに相応の姫を迎え、家を守っていけたろうにな…」
「晴明…おれは、おまえと想いを交わした事を悔いてはいない。その、体を交わした事も……ただ、待ってほしいのだ。おれの想いがおまえに追いつくまで、勝手な言い草だろうが、待っていてくれ。おれとて、おまえが好きなのだ。だから、…出来るだけ、おまえに応えたい、と思うから…」
「博雅…」

晴明は、優しく博雅を抱き締める。
羽で包み込む様に、この上ない宝をその腕に抱く様に。

「待つさ、いつまででも。おまえを想い、その想いが通じただけでも、おれにはこの上ない僥倖なのだ。急いて、おまえを失いたくない。おまえは、おれの、世に二つとない宝であるのだから…」
「晴明…」

男の腕の中で博雅がぽつりと呟く。

「すまぬ…」
「なに、この位は許してくれるのだろう?」

晴明が頬に手を添え、上向かせる。
博雅が気付いた時には、唇にふわり、と優しく温かな感触が降りた後だった。
それは、ほんの一瞬の事。

「せ、せいめっ…」

そんな軽い口付けですら、博雅は顔から首から真っ赤である。

「待っておるよ博雅。まあ、雛を育てる愉しみも乙なものだが。」

そう言ってくすくすと笑う美しい陰陽師に、博雅は些か膨れながらもぎゅ、としがみ付く。
こうしているだけで、心は満たされる。
いつか、それだけでは足りなくなるのだろうか。
晴明が自分を欲する様に、自分もまた、晴明の全てを欲する様になるのだろうか…
それも、遠い先の事ではない気がする。
博雅はそんな気がした。



密か事



「んんっ…や、あっ…」

じり、と紙燭の油が爆ぜる音に混じり、濡れた、甘げな吐息が閨に漏れる。
そこで蠢くは二つの影。
甘い吐息を漏らし、四肢を蠢かせる博雅の肌全て晒されている。
その躯に伸し掛かった晴明は先程から、博雅の滑らかな肌に舌を這わせ、胸でぽつんと色付く紅い果実に歯を立てる。

「あんっ…」

その度、博雅が甘く啼き、僅かに躯を揺らめかせる。

「せいめ、い、もうやだ…」
「もう堪えがきかぬか?せっかちだな、博雅は…」

晴明が紅い唇を笑みに形作る。

「だ、だって…こんな、…」
既に博雅の目尻は艶やかに染まり、薄らと滴が滲んでいた。

「そうか?おまえも楽しんでいるのではないか…」

晴明が博雅の下肢にそ、と手を遣る。
下肢の奥、普段は晴明を受け入れる後庭には、別のものが埋め込まれていた。
其処に突き立てられているのは芋茎。
これを突きいれられると、その箇所から痒みがじわじわと拡がり、どうにも切なくてもどかしく、それがまた快感にもなり、博雅の雄は屹立し、白い蜜をたらたらと噴き零す。

「おれが欲しいか?言うてみよ、おまえのその口で…」

遂に博雅の目尻から滴が一筋、零れ落ちた。

「せいめいが、ほ、しい…こんなものじゃなく、おまえのそれを…此処に……」
「よく言えた。すぐにでもやろう、これをな…」

白い繊手が芋茎を引き抜く。
そして、既に猛りきって蜜を溢れさせている己の男根を博雅の後庭に宛がい、ゆっくりと其処に沈めていった。

「ああ…」

博雅の瞳が期待に甘く蕩ける。
晴明がその腰を掴み、一息に自分を全て、其処に収めた。

「あああっっ!!」

博雅の躯が仰け反る。
そのまま晴明は激しく動き、或いは腰を回したり、としきりに博雅の奥を突き、悦を引き出す。

「ああん!せいめい、もっとっっ」
「ああ、もっとやろうぞ…ひろまさ…なんと悦い…」
「あ、やっ、んんあっっ」

博雅の四肢が晴明に絡みつき、腰がくねり、その躯全てで悦を貪る。
晴明もまた、月が沈み、暁が降りるまでその躯を離す事はなかった。

「まったく…なんという物を使うのだ…」
「まあそう怒るな。でも、愉しめただろう?」
「ばか!」

男の腕の中で、博雅はぷい、と横を向く。
晴明は苦笑しつつも博雅の髪を優しく撫で、想い人の機嫌を取ろうとする。
博雅の心が成長し、閨を共にするのが当たり前になってきた頃、晴明は偶にこの様に、閨に道具を持ち込むようになった。
本人に言わせれば、今迄待ったのだから、存分に愉しみたい、という事らしい。
博雅はむくれがらも、結局は晴明を赦してしまっている。
恋しい相手との密か事を愉しみたいのは博雅も同じであった。
偶に晴明の悪戯が度を越して、博雅を怒らせ、何日か触れる事を許してもらえない、というような事もあったようではあるが。





                                               了