「ふ…あ…」
掠れた啜り泣きの様な聲が部屋にひっそりと響く。
それはどこか甘さを孕んで、途切れる事もなく小さく響いていく聲に重なる様に、どこか濡れた様な音も共に聞こえる。
部屋の中で二つの影が絡み合う。
「ああっ!!」
その聲が突如高く鋭く響く。
聲を上げていたのは…
三輪で行方知れずになった筈の博雅だった。
その肢体には何も纏わず、両手と両足を付いて四つん這いになった、獣のような形で、その後ろ、秘めた蕾に男の逞しいものを
呑み込んでいた。
博雅に伸し掛かる男の姿は美しかった。
しかし、その男は、何時もの彼の友の姿ではなく、博雅がこれまでに会った事も話に聞いた事もない男。
にも関わらず、博雅の蕾は男のものを深く受け入れ、その内はなかのものを包み込む様に蠢き…
博雅は男の突き上げに濡れた、悦びに満ちた聲をしきりに甘く漏らす。
「あ、あ、い、いいっ、ああ、あああっっ」
博雅の媚態はどこか尋常ではなかった。
己と想いを交わした、愛しい男以外のものと情を交わし、悦ぶなど、常の博雅ならありえぬ事だった。
そんな博雅の様子に男は薄く微笑み、更に激しく責め立てる。
「ああん…!!」
一際、嬌声が高く甘く掠れる。
男が動く度に、それを呑み込んで、蕾からはしきりにぐちゅぐちゅと濡れた、淫らな粘質の音が漏れ聞こえ、その躯は堪らない様に腰をくねらせ、その内を更に締め付ける。
その媚態に男も余裕を無くし、博雅の腰を掴んで起き上がり、胡坐をかいた上に博雅を乗せ、串刺しにした。
「ああああっっ!!」
あまりの刺激に、博雅の背がぐん、と撓る。
衝撃に堪えきれず博雅のものが弾け、男を咥え込んだ内も同時にぎゅる…と絞り込む様にきつく男を締め付けた。
堪らず、男は呻いて博雅の内に熱い欲を叩き付ける。
身を震わせ、恍惚とした表情で、それを博雅は受け止める。
その瞳に正気の色は無かった。
博雅が三輪に赴いた最初の夜。
疲れていた所為もあって、早々に寝所に入り、床に付いた。
しかし、夜半、何故か目が覚めてしまった。
一度起きると、目が冴えてしまって中々寝付けない。
体を起こすと、何かの違和感に一瞬、身が竦む。
其処には…先程まで闇だった空間に、何時の間にか人の姿があった。
家人などではない。
今迄見た事もない姿の男だった。
白い、狩衣のような衣を纏い、長い黒髪を背に垂らしている。
美しいが、異様だった。
男が博雅に近付き、その顎に手を掛ける。
博雅は動けなかった。声も何故か、発しようと思っても、唇すらも動かない。
自分の体なのに、自分の意のままにならない。
その事が、恐怖に繋がる。
そして男の顔が迫り、博雅にゆっくりと口付けた。
途端、博雅の体から力が抜け、男の腕の中に崩折れる。
そのまま男は博雅を抱き上げ、闇に消えていった。
枕元には葉双が残るのみだった。
丁度その刻。
深更の空に浮かぶ月は、程なく中天に差し掛かっていた。
博雅が目を覚ました時、其処は全く知らぬ処だった。
見知らぬ部屋で、見知らぬ男の腕の中にいる。
その状況が直ぐには飲み込めず、何度か目を瞬かせ、首を巡らせて辺りを見回す。
そこに、男の声が不意に届いた。
「吾妹よ…」
「え…?」
博雅は、その言葉が咄嗟に理解出来なかった。
「そなたは吾の伴侶となるべきものだ。そなたの力を吾に分けておくれ…」
男の顔が不意に迫る。
美しい、闇を凝縮した様な瞳に捉えられ、体が動かなくなった。
男が迫る。その手が博雅の衣に掛かっただけで、するりと衣が肩から落ちた。
寝む為に単のみを纏っていた博雅の肌が容易く露わになる。
男はその滑らかな肌に舌を這わせ、首筋に唇を落とした。
何より、自分の名を呼ぶ、その声が、自分の肌を貪りながら、必死に、縋る様に、己の名を呼ぶ。
いつか、博雅の眦に浮かんだ涙がつう、と一筋、頬を伝っていた。
ああ、この声を聴いた事がある。
低いのに、どこか甘やかさを感じさせる、艶のある声。
その声で己の名を呼ぶのだ。
「博雅」と…
「せいめい…」
その瞬間、神の呪縛が解けた。
博雅を幾日にも渡って支配してきた、強力な呪が、ただ一人の男の手によって…
「せいめい…晴明だ…おれの好きな晴明だ…」
「博雅…おれが判るのか?」
「ああ、晴明…晴明だ…」
「ああ…博雅…」
晴明は己にしがみ付くいとしい人を強く抱き締める。
漸く取り戻した。
気が触れんばかりに探した。
もしこの人を失っていたらと思うと…
もう手離さない。
二度と、この人を失えない…