流川くんの決意





県立湘北高校一年、バスケ部スーパールーキーとの呼び名も高い流川楓(15歳)は、ここ最近、目に見えてイライラが募っていた。
一応その原因は自分でも分かっている・・つもりだった。
自分と同じバスケ部に所属する、やはり同学年の桜木花道。
但し彼は高校からバスケを始めた。経験から言えば、流川とは比べ物にならないほどのズブの素人である。
流川も普段なら、そんな素人には目も呉れず、相手になる事すらない・・・筈だった。
経験者と初心者では、練習の内容からして異なるのだから。だが、何故か目に付く。
目の端に彼の紅い頭がチラつく。
休憩の時にも、彼の大きな声が否応なしに耳に届く。
気付いたら、彼を目で追っている。彼が自分に気付かないでいると、何故かムカつく・・・結果、手も足も出る。
それを黙ってやられっ放しにしとく花道ではない。売られた喧嘩はきっちり言い値でお買い上げ頂く。
そして、バスケ部恒例、キツネとサルの子供の喧嘩が繰り広げられる。

「いい加減にしなさいよアンタ達!」

ハリセンを携えた手を腰に添え、仁王立ちで目の前の項垂れるデカイ子供二人を睨みつける美人マネージャーに、花道が恐る恐るではあるが抗議を試みる。

「だってアヤコさん、このキツネヤローがオレ様にケンカ吹っ掛けてきやがるから!」
「とにかく、ケンカは両成敗。仕掛けた方も悪いけど、それに応じたら結局同じコトでしょ。まあ、アタシだって売られた喧嘩は余さず買うけどね。」
「・・・そーゆー問題じゃねーだろ。」
「あら、そうね。話がズレちゃったわ。とにかく、明日は陵南との練習試合なのよ。また負けたいの?アンタ達。」

その言葉に、項垂れていた二人が即座に反応した。

「絶対勝ぁーつっ!!」
「・・負けねー」
「そうそう。その意気よ。せめて試合まで余計な気を散らさないようになさい。特に!流川、アンタよ!」

びし、と指を突きつけられて流川はきょとん、と中学からの先輩を見遣る。

「桜木花道に構ってもらいたいなら素直にそう言いなさい。口より先に手が出るのは悪いクセよ。何の為に口があるの!」

なんでオレ様がキツネなんぞを構わなきゃなんねーんだ!と喚く花道を尻目に、些か論点がズレてんじゃ・・と三井と宮城は思った。口には出さなかったが。
そんな調子で、取り敢えずこの日の練習は恙無く終了した。
ちなみに試合前なので居残りは厳禁との事だった。

流川は、ある事がずっと頭に残っていた。
部活の時、彩子が流川に向けて言った、あの「桜木花道に構ってもらいたいならそう言いなさい。」・・・
正直、流川は今迄、何故自分が花道にちょっかいを掛けるのか、自分でもよく分かっていなかった。

そして、練習試合の今日。湘北の体育館で試合は行われる。
揃った陵南メンバーの中に珍しくも仙道が遅れずに合流していた。
花道の姿を見るなりずかずかとその傍に歩み寄っていく。

「桜木久しぶり〜。死ぬ程練習してきた?」
「トーゼンだっっ!オメーはオレが倒すんだからな!!」
「うんうん。相変わらず元気がいいなあ。ホントお前ってカワイー奴。」
「はあ?オレはカッコイーんだっっ」

自分に向かってぎゃんぎゃん喚く花道を、仙道は目を細めてにこにこ笑いながら眺めている。
仙道は以前の練習試合で花道を目にして以来、彼をかなり気に入っていた。
あまりにインパクトが強烈で忘れられず、今日、再び相見える事が出来て、更に花道をいたく気に入ってしまった。
とにかく可愛くて仕方ない。出来れば傍に置いてずっと彼を可愛がりたい。
そういう不埒な事さえ考えていた。
そんな仙道の下心を野生のカン(・・・)で察したのかどうか、流川はギンギンに燃え滾る目で仙道を睨みつけていた。
(コイツは敵だ)そう直感していた。やっぱり野生の勘かもしれない。

試合開始。流川は当然の如くスタメンに組み込まれていたが、花道はベンチでぐるぐる唸っていた・・・
そんな花道を木暮が優しく宥めている。
そんな様をちらと見てしまった流川は、何故かそれさえもムカムカしていた。
何というか・・・花道に近付く者は全て気に入らないのだ。多分・・・
取り敢えず、今は試合に集中しよう、と思考を切り替えた途端、目の前に立ちはだかる男がいた。
特徴的なツンツン頭、常に微笑を湛えた口元。

「仙道・・・」
「お前を抑えるのは俺の役目だって言われたんでね。」

流川はこの男がとことん気に入らなかった。
常に余裕ありげな態度で、芸術的とも言える技術を次々繰り出し、自分の事も端から一年坊主と口にして憚らない。
まだ自分には到底及ばない、と言われてるも同然で、尚更自分を煽り立てる。
更に、先程の、試合前の花道に対する態度。
流川はこれまた直感していた。コイツはどあほうを気に入っている。いや、自分のモノにしたいのかもしんねー・・・
それが何より一層流川を憤慨させ、仙道を敵視する一番の要因だった。

「スゲー目してんな。ギラギラして、食いつかれそう。お前、さっきも睨んでたよな。そんなに桜木に近付く俺が気に入らない?」

流川は目の前の男を見返した。コイツはやっぱり気付いてた・・・

「でもね、俺だって目ぇ付けちゃったんだもんねー。桜木ってカワイーよねー」

完全に茶化してるとしか思えない口調で微笑みながらボールを奪い、軽やかにゴール前でジャンプしてリングにダンクを叩き込む。

「にゃろう・・・」

流川は完全にコケにされた、と思った。ぶちのめしてやる!
ゴール下から戻って殺気立った流川と擦れ違い様、仙道がこそっと囁く。

「誰の手も付いてないんなら俺が貰っちゃうねー」

・・・流川はその瞬間、本気で仙道に殺意を覚えた。密かに拳をぐっと握り締める。

(あんなフザケたヤローにヤラれる位なら・・・その前にオレがヤッてやる!!)

流川は花道に劣らず、或いはそれ以上に思考が短絡的だった・・・

練習試合の結果は、調子のいい仙道の勢いを止める事が出来ず、陵南が僅差で勝利した。
一応花道も後半にやっと出場出来たのだが、流川と二人がかりでも仙道を完全に止める事が出来なかったのだ。
お蔭で湘北問題児コンビの悔しさは並ではなかった。
ぐるぐる唸って睨みつける花道にも気を悪くした様子はなく、仙道はにこにこと笑って握手を求める。
以前にもした様に、花道はその手を握り潰す勢いで力を込めようと、した。が、出来なかった。
仙道が、もう片方の手も添えて、両手で花道の手を撫で回したのだ。
花道はぞわ、と怖気がして慌てて手を引き剥がそうとしたが、何故か出来なかった。

「おい!その手を離しやがれ!センドー!!」

殆ど悲鳴に近い声で花道は叫び、懸命にもがいてみる。が、仙道は更に力を込めてその手を引き寄せ、慣性の法則で腕の中に倒れこむ花道をぎゅう、と抱き締めた。
ぎゃあ、と花道が喚くが、更にその頭を片手でがっちりとホールドし、耳元に囁く。

「ねえ、オレと付き合ってみない?」

その台詞に花道はぽかん、としたが、その意味を漸く理解すると、途端に噴火した。

「っざけんじゃねえっっ!!!」
「えー別にフザケてないよー。だって桜木カワイーし。オレって結構お買い得よ?ツラも性格もいーし。何より桜木一筋だしvv」
「センドー・・・オメー、そーゆーシュミだったんか・・・・・・」

花道がじりじり後ずさる。

「違うよー。男が好きなんじゃないよー。好きなのは桜木だけ。オレ、マジだよ?」

仙道が表情を改めて花道を見返した。
瞬間、二人の間に割って入った物体がいた。言わずと知れた、流川楓その人である。

「どあほうにさわんじゃねー」
「あらら、ヒドイ。せっかく桜木と友好を深めようとしてたのに。」
「何が友好だ。ニヤケたツラでフラチな事考えてるクセに」
「流川も余裕無いねえ。ま、選ぶのは桜木だし?」

にや、と笑みを浮かべた仙道が心底ムカつく、と流川は思った。

「もう試合は終わったからとっとと失せろ。」
「ヒドイ言い草だなあ。何かオレって病原菌みたいじゃない?」
「それよりタチ悪リー」
「あのねえ・・・・・」
「仙道っっ何やってんだ!何時までもグズグズしてんじゃねーっっ」

離れた所から仙道のチームメイトである越野の怒号が響き渡る。彼も苦労が絶えなさそうだった。

「お呼びが掛かったから今日はこれで退散するよ。じゃーね、桜木。今度は学校ヌキで二人っきりで逢おうねー」
「誰が逢わせるか・・・」

仙道の能天気な挑発に流川が殺人的な視線を送る。
花道はその様を見てちょっと呆けていた。

(なんだろうコイツら。特にルカワは負けたんでオカシクなったんだろーか。)

何時までもこちらに向かって手を振っている仙道の首根っこを越野が引っ掴み、ずるずると引き摺られていく様を何となく見送った花道と流川だが、突然くる!と流川に振り向かれ、花道は思わずびく!と竦んで後ずさってしまった。

「おい、ミーティングの後、居残り付き合え。」
「ぬ?そーかそーか。キツネルカワ君もそんなにこの天才の力を借りたい、と漸く悟ったか。」
「どあほう。テメーの力なんてなんの足しにもなんねー。テメーがあんまり酷いんでオレが見てやるっつってんだ。」
「ふぬ!誰がオメーなんぞに見てもらうかってんだ!!」
「とにかく残れ。いいな。」

言うだけ言うと、流川は他の部員達とさっさと部室に向かってしまった。

「なんでえ、キツネの分際でいっつもエラそーに・・・」

ぶつぶつ言いながらも、結局、ミーティングの後、流川と共に花道は居残りの為に誰もいない体育館に残ってしまうのだった。
流川はそれを狙っていた。彼の目が肉食獣の如くギラリと光る。
二人はボールを出す為に体育用具室に入り、流川が扉を閉め、そこの鍵を掛けてしまった。

「ん?おい、ルカワ、なんで閉めんだ。ボール出せねーじゃんか。」
「出さなくていー。」
「んだと?練習すんのに残ったんじゃねーんかよ。」
「今はそれよりスル事がある。」
「んだあ?テメー、ワケわかんねーぞ。」
「すぐに分かる・・・」

流川がゆらりと花道に近付き、いきなりその体を突き飛ばした。
不意打ちに思わずよろけてしまい、倒れこんだ先は積み重ねられたマットの上。

「何しやがる!」
「いーコトだ。」

流川がマットの上の花道に近付き、その上に伸し掛かる。

「テメーとヤル。」
「ヤ、ヤヤヤヤルって??!!」
「どあほう、んなコトも知んねーのか。テメーとセックスするっつってんだ。」
「んな?!!」

花道はもう引っ繰り返って何も言えない。
そうやって花道がうろたえている隙に流川はその体を押さえ込み、撫で回していく。
そこで花道は漸く正気に返った。

(ナンか知んねーけどこのまんまじゃヤバイ。ルカワの好きにさせてたまっか!!)

咄嗟に花道は動いた。

「うぐっっ・・・・・・」

突然流川が腹を押さえて蹲った。
いや、正確には流川の手は下腹部、更にその下。下肢の中心に置かれていた・・・・・・
そう。危機感に迫られた花道が男の最大の急所を蹴り上げたのだった・・・
堪らず流川が呻きながら蹲っている隙に、花道はマットから降りたついでに流川の背に蹴りを一発食らわせといた。
用具室から出る時に流川を振り返って捨て台詞を投げつける。

「けっ、ずっとそこで大人しくしてやがれ。こんのヘンタイギツネが。」

その声と遠ざかる足音を耳の端に捉えながら、色々な意味で不屈の男、流川は新たな決意に燃え盛っていた。

「どあほう・・・このまま引き下がると思うなよ・・・・・・」

オフェンスの鬼に惚れ込まれた花道の受難は、どうやら始まってしまったようだった。

end