名残の夜


その日、晴明邸に珍しく客人が訪れた。
彼の兄弟子たる賀茂保憲が酒を持参して訪ねてきた。

「久方ぶりだな。」
「本当に・・私が賀茂家を出て以来、という事になりますか。」
「おまえは滅多に出仕せぬからな。」

保憲は苦笑した。
実際、彼が独立した弟弟子の邸を訪ねるのはこれが初めてだった。晴明が独立したのは元服をしてすぐの事だから、もう三年位は経っていた。

早いものだ。
保憲は感慨深げに目を細める。

保憲の目の前の晴明は、賀茂家を出た時の少年の面影は無く、物腰にも落ち着きを漂わせた、一人の青年だった。
この数年で深さを増した様な晴明の瞳が、逸らす事なく保憲を捉えている。
その視線を不審に思いながらも、奇妙に落ち着かないものを感じた。晴明の瞳が熱を帯びているようにも感じた。

不意に、つ、と晴明が動いた。
酒を取りに行くのか、と保憲がぼんやり思うと、晴明はそのまま保憲の正面に座した。
晴明の白い、美しい貌が間近にあった。

晴明の淡い、神秘的にすら見える瞳がひた、と保憲を見据えている。
保憲はその瞳から目を逸らせないでいた。

ああ、美しいなあ・・

晴明の瞳に魅入られたかの様に、ぼんやりと思う。
不意に、唇に何かが触れた。
冷たい、けれど柔らかいそれが晴明の唇だと気付くのに、数瞬の時を要した。
保憲が驚きに身を固くしている間に、晴明の唇が段々と深く重なり、促す様に、保憲の唇をちろりと舐める。
思わず唇を薄く開くと、その隙間から晴明が舌を侵入させた。
そのまま口腔の奥に入り込み、保憲の舌を捉える。

晴明の舌が捉えた保憲の舌をきつく絡め、深く口腔を貪る。

「うっ・・ふ、う・・ん・・・」

苦しさに保憲の目に涙が滲み、唾液がつう・・、と顎を伝う。
漸く晴明の唇が離れた時には、すっかり息が上がって頬が紅潮していた。

「晴明・・どういうつもりだ・・・」

潤んだ瞳を向けて抗議する。
晴明は薄く笑い、保憲の頬に手を添えた。

「したい事をしたまでです・・私は貴方にこうして触れたかった・・」
「な・・・」

からかっているのか、とは言えなかった。
晴明の瞳が何処か真摯で、激しい程の強さで保憲を見据えていたから。

「気付きませんでしたか・・何時も貴方を見ていた事を。待っていたのですよ。貴方にこうして触れる時を。」

晴明の唇が保憲の首筋に吸い付く。

「せ、いめい・・・」

保憲が力なく晴明の肩に手をやる。
今なら拒める。そう思うのに力が入らない。
否、拒めなかった。
晴明の想いを知った今となっては・・・

「今宵だけでもいい・・私のものになって下さいますか?これよりは賀茂家と決別する、せめてもの名残に・・・」

保憲は、迫ってくる晴明の美しい、淡い瞳をただ見つめていた。



「うっ・・あ、ああ・・・」

堪える様な、何処か甘さを含んだ聲が保憲の唇から忍びきれずに漏れ出る。
身に纏っていた直衣は剥がれ、小袖のみを肌蹴た胸元に晴明の頭があった。
その紅い唇は、保憲の胸の突起に吸い付き、時折、舌でねっとりと舐め上げては悪戯の様に歯を立ててみたりする。

「あっ・・・!」

歯を立てられて、躯がびくんと仰け反る。
男に組み敷かれ、こんな愛撫を受ける事はもちろん初めてで、どうしたらいいのか分からない。
ただ、晴明の指先や舌に翻弄されるばかりだった。

晴明は、堪らない愉悦を感じていた。
ずっと憧れていたひとをこの腕に抱ける悦び。
だから待った。
心身共にこの腕の中のひとと並ぶ事が出来る迄に成長出来る日を。

唇と左手の指で保憲の胸に愛撫を施しながら、そっと右手をその下半身に移動させる。
下肢の中心、既に息衝き始めているものをそっと撫でる。

「あっ!」

保憲がびくんと躯を震わす。
構わず晴明は右手を更に蠢かす。

「あ、や、めっ・・」

保憲が力なく晴明の右腕に手を置く。
何かに堪える様に、目を固く閉じて羞恥に頬を紅潮させた保憲の表情は、晴明の情欲を刺激する。
未だ布を被ったままのものを解放させようと、指貫の紐に手を掛け、しゅるりと解く。

「や、だっ・・!」

下肢を曝される事に恐怖を感じて、力の入らない躯で抗うが、容易くねじ伏せられる。
怯える保憲の顔中に接吻を落とし、優しく囁く。

「怖がる事はありませんよ。ただ、悦くしたいだけです。」

それでも、保憲の黒目がちの瞳は不安に揺れていた。
晴明は、ふ、と微笑み、接吻を交わす。
保憲の唇をこじ開け、吐息まだ奪うように深く口腔を貪る。

「ん・・んうっ、ふ・・・」

保憲の意識が接吻に奪われている間に、晴明の手が指貫に掛かり、引き下ろしてその下肢を曝した。
びくん、と保憲の躯が強張るが、構わずに下肢の中心で息付くものに触れる。

「せ、いめいっ・・・」

顔を振って接吻から逃れ、己に触れている晴明の右腕を掴んだ。

「何故そこまで拒むのです?・・・私が嫌いなのですか?」

保憲を見下ろす晴明の瞳がすうっと細まる。
保憲はその表情に、微かに怯えた。怒らせた、と思った。

「ちが・・・」

嫌いなのではない、と続けようとした唇は晴明のそれに塞がれた。
激しく舌を絡め、保憲の唇を貪る。口付けながら、その手は保憲の中心を強く扱いていく。

「ううっ、ん、ふうっ・・・」

苦しさと下肢に施される悦楽に、保憲の瞳に涙が滲む。
漸く唇を離し、喘ぐ保憲を見下ろして晴明が酷薄な声色で呟いた。

「逃げられませぬよ・・もう、貴方は私のものです・・・逃がしはせぬ。」

言いざま、保憲の下肢に顔を埋めた。

「やああっ!」

保憲が躯を仰け反らせるが、晴明は構う事なく保憲のものを口に含み、その紅い舌でねっとりと舐めしゃぶる。
ぴちゃ、ぐぽと濡れた音を響かせ、裏筋を舐め上げたり口に含んで扱く。

「やあっ、い、やあっ・・・」

あまりの悦楽に堪え切れず、弱々しく哀願するが晴明は耳を貸さない。

「嫌ではないでしょう?ほら、貴方のこれは悦んでこんなに震えて・・ああ、蜜がこんなに零れて・・・」

晴明の卑猥な言葉に保憲の頬がかあっと朱に染まる。
晴明の手の中のそれは、びくびくと震えて先端から雫を垂らし、濡れててらてらと光ってそそり立っていた。

「いきたいですか?保憲さま?」

手の中でびくびくと震えるものの根元を握り、その先端にちろちろと舌を這わせながら晴明が笑う。

「ああっ!や、だ、もうっ・・た、のむっ・・・」

保憲が頭を打ち振り、涙を浮かべて懇願する。
その表情に、晴明の下半身にどくりと熱が集まった。

「ふふ・・まあいいでしょう。私ももう我慢がきかぬし・・・」

根元を絞める指を緩め、先端に軽く歯を立て、きつく吸い上げた。

「あっ!あ、あああーっっ!!」

悲鳴と共に、保憲は躯を仰け反らせ、晴明の口中に吐精した。
勢い良く吐き出された保憲の精を、ごくりと音を立てて飲み下した。
晴明の口元にこびり付いた白いものを見て、保憲の頬が瞬時に紅く染まる。
そんな保憲を見下ろし、その頬に手を滑らせて晴明が囁く。

「ふふ・・どうですか?嫌いな男にこうして組み敷かれ、あまつさえその愛撫でいかされ、精を吐き出させられた気分は・・・」

晴明は冷たい微笑を浮かべてはいたが、その淡い瞳の奥には火が灯っていた。
まるで燃え残りの燠火の様な・・・

「嫌い・・ではない。」

保憲が必死に伝えようとする。

「おまえが嫌いだと・・いつおれが言った。こんな事をされても・・おまえなら嫌ではないのだ。ただ・・こんな事は初めてなので、どうしたら良いのか分からぬのだ・・・」

言ってから、保憲の顔は更に紅く染まり、ぷいと横を向いてしまった。
保憲の言葉に、晴明は驚きにを目見開いていたが、やがて、ふ、と優しく微笑むと、保憲の頬を愛しげに撫ぜる。

「そのままでよいのですよ・・私が貴方を悦くしてあげますから・・・」

そして、保憲の脚を抱え上げて、その奥を曝した。

「やっ・・・!」

突然、秘められた箇所を曝され、保憲が僅かに抗う。

「貴方を悦くする為ですよ・・大丈夫ですから。」

晴明の頭が保憲の下肢に移動し、曝された蕾に舌先を触れさせた。

「あっ・・・」

保憲がびくんと身を震わせる。
あらぬ処への刺激に、ただ固く目を閉じて堪え忍ぶ。
その間にも晴明の舌は蕾の周囲をぴちゃぴちゃと舐め続け、時折舌先で入り口をこじ開け、唾液を送り込む。

「ふ、うう・・っん、う、あ・・・」

堪え切れぬ聲が保憲の唇から漏れる。
保憲の蕾は既に滴るほどに濡れそぼっている。
それを見計らって、晴明が自分の指を一本、つぷりと突き入れた。

「うああっ!」

突然の刺激に保憲の背が撓る。

「大丈夫ですよ・・力を抜いて・・」

痛みに身を竦ませてしまっている保憲に優しく語りかけ、ゆっくり指を動かしていった。
と、晴明の指が動きを変え、内の膨らみに触れた。

「ああっ!」

保憲の聲が高く上がり、躯がびくんと仰け反る。

「ここが悦ろしいのですな・・」

晴明はその肉の塊に執拗に愛撫を繰り返す。その度に保憲の躯は跳ね上がり、唇からは嬌声が漏れ続けた。

「あ、ああっ、せい、めい!ああっ!」

指は何時の間にか二本に増やされ、ぐちゅぐちゅと濡れた音を立てて中を掻き回す。

「や、ああっ、せいめい・・・晴明!」

過ぎる快楽にどうしていいか分からず、保憲は晴明の名を呼び続ける。
黒目がちの瞳を潤ませて、救いを求める様に晴明の狩衣を掴んだ。
保憲の、その表情に、晴明の下肢にどくりと熱が集まる。

「保憲さま・・宜しいですか?」

晴明が指貫の前を寛げ、自身を取り出す。それは、既に隆起し、赤黒く膨張したその先端からは先走りの液が零れ、ぬらぬらと光っていた。
不意に、晴明の手が保憲の脚を掴み、高々と掲げる。

「なっ・・!晴明!」
「ああ、暴れないで下さい。今から貴方の此処と繋がるのですよ。」

何処か楽しむ様な晴明の口振りとその言葉に、保憲の顔がかっと紅く染まる。

「ば、ばかっ!一々言うなっ。」
「それは失礼しました。・・・宜しいですかな?」

見上げた晴明の瞳が熱を宿し、呼吸が荒い。
保憲が見た事もない、晴明の「男」の顔。
この手を離れた弟弟子は、いつか、一人前の雄へと変貌を遂げていた。

保憲が微かに頷く。
晴明が自身を宛がったまま、腰を進めた。

「うあ、ああっ!」

唇から苦痛の呻きがほとばしる。
晴明も、きつい入り口にそれ以上進めないでいた。
つ、と晴明の手が痛みで萎えた保憲のものに伸ばされる。
そのまま、柔やわと揉みしだく様に扱いていく。

「あっ、やあっ・・は、あっ」

思いがけない刺激に保憲は身を捩じらせ、甘い聲を漏らす。
頬を薄らと朱に染め、黒目がちの瞳を潤ませて自分の施す愛撫に喘ぎ、悶える保憲の媚態に、晴明の喉がごくりと鳴る。
晴明の手の動きが激しくなるにつれ、いよいよ保憲の聲は高くなり、楔を咥え込んだ後の蕾も力が抜けて解けていく。
その隙を逃さず、晴明が注挿を再開させた。

「ああっっ!」

保憲の躯がびくんと仰け反る。
晴明は、ゆっくりと緩く突き上げていった。
激しく揺さぶりたい衝動を抑え、保憲の負担にならない様に緩く、浅く打ち込んでいく。

「あ・・ああ・・・」

保憲の唇からは甘やかな喘ぎが漏れる。
晴明を受け入れた箇所が其処を穿つものの質量に慣れ、徐徐に綻び、肉壁が蠢いて晴明のものにまとわりつく。
無意識に、保憲が腰を揺らめかす。
潤んだ黒目がちの瞳が訴えかける様に晴明を見上げた。唇が薄く開き、紅い舌が誘う様にちらちらと覗く。
保憲の、その艶やかともいえる表情に、晴明の雄が保憲の内で質量を増す。

「あ・・・」

自身を穿つものの変化に、保憲の背がしなやかに反る。

「保憲さま・・貴方がそんな顔をしてみせるから・・私にももう余裕はありませんよ・・・」

切羽詰った声と表情で、晴明の手が保憲の脚を抱え上げ、更に深く保憲の中を穿つ。

「ああっっ!」

保憲が悲鳴を上げる。それを気遣う余裕は、既に晴明には無かった。
徐徐に、深く、激しく抜き差しを繰り返す。

「ああっ!あ、ああっ、せい、めいっ」

保憲の聲に艶が混じる。
知らず、その脚が晴明の腰に絡み付いていた。
晴明が突き上げる度に保憲の腰が揺れ、その奥を穿つものに肉壁がまとわりつく様に締め付ける。
そのあまりの心地よさ、保憲の聲、表情、絡みつく熱い肌に晴明はすぐにでも気を遣ってしまいそうだった。

「保憲さま・・」

突き上げが深く、激しく、余裕が一切消し飛ぶ。

「ああっ!あ、ああっ!!せ、いめい!」

保憲も腰を揺らめかせ、晴明の腰に更に脚を絡みつかせる。
保憲の男根が突き上げの度に晴明の腹に擦られ、限界を早めていく。
中心への刺激に、保憲の肉壁がいよいよ締め付けをきつくする。
晴明も、きつい締め付けに限界が近い事を感じる。

「保憲さま・・」

一際、強く、深く保憲を突き上げた。

「ああっっ!あ、あっあーっっ!!」

強い刺激に、限界が近かった保憲の中心が弾け、精を噴き上げると同時に晴明を咥え込んだ肉壁がぎちり・・と収縮し、晴明のものをきつく締め付ける。

「くううっ・・!」

堪え切れず、低く呻いて中のものが弾け、保憲の内に熱い精を注ぎ込む。

「ふ、う・・」

晴明が満足げな吐息を漏らし、保憲の内からずるりと己を引き抜いた。

「あ、ああ・・・」

深い快楽の余韻に、保憲の躯がひくひくと痙攣する。
その、未だ熱の残る目の前の躯を抱き締めて、晴明が熱く囁いた。

「やっと望みが叶った・・ずっとこうしたかった・・保憲さま、貴方と。」

嬉しげに微笑む表情は年相応に見えて、保憲は軽く瞠目する。
それは、今までに見た事がないものだった。
同時に、胸が締め付けられる。
晴明の、この表情を奪っていたのは。

ただ、優れた陰陽師に仕立て上げようと、自分とその父の忠行は、この弟弟子から人間としての感情を大部分奪ってしまった。
だが、苦い想いと同時に、この弟弟子を今迄になくいとおしく感じる自分をも見出していた。
晴明が、保憲の耳にひっそりと囁く。

「また・・私とこうして下さいますか・・?貴方が好きなのです・・」

晴明の瞳はひた、と保憲を見据えている。
保憲の腕が、そっと晴明の背に回された。

「お前がそれを望むなら・・おれに否やのあろう筈もないよ・・」

この身を与えて、それでこの弟弟子が喜ぶなら。
自分の胸に生まれた、新たな感情の名前を未だ知らず、降りてくる唇と再び自分を抱き締める腕に身を委ねて、そっと目を閉じた。