高揚。
自分にとっては常に見慣れた情景。
体育館の磨かれた床。
広々としたフロア。
床に引かれた、何本もの色取り取りのライン。
高々と聳え立つリング。
午後の、少し色を濃くした陽射しが二階の窓から角度を低くして一階のフロアに降り注ぐ。
その陽射しを浴び、たった一つのリングに向かい、走る。止まる。体を捻る。飛ぶ。ボールを放る。
そんな当たり前の情景に、最近、ひとつ、何かが加わった。
目の前で揺れる、鮮やかに紅い髪に陽射しが斜めに降り注ぎ、その赤を少し柔らかく染め上げる。
陽に透けたその色は朱に金色が混じったような、そんな色で。
思わず目を奪われた。
思わず、綺麗だと、本当にそう思った。
キュ、キュッと磨かれた床の上をバッシュの特有の音が響き渡る。
床を滑るバッシュの音と同時に動く体。
伸びる手。躍動する脚。
荒い息遣い。
今は放課後の部活の練習時間。
ミニゲームの真っ最中だった。
途端、ピーと審判の笛の音が鋭く響く。ファウルを取られたのだ。
フリースローの権利を与えられ、ボールを手にした花道がゆっくりとシュートの体勢に入る。
但し。
花道は高校に入って初めてバスケをやり始めたばかりの、全くの初心者だった。
シュートの構えもなっていない。
入るワケがねー。
ぼそ、と呟いたのは流川だった。
予想通り、その渾身のシュートはリングの中ではなく、バックボードに当たり、弾みを付けて床にバウンドした。
悔しがる花道の傍で、流川が両手を軽く上げ、肩を竦めてヤレヤレ、と溜息を吐く。
それを目に留めた花道が流川に突っかかり・・・
二人の問題児の頭にタンコブを作ってゲームは終わった 。
その後、二人は何時もの様に居残って自手練をする事にした。
花道は先程のシュートを外したのが余程悔しかったのか、ムキになって何度もシュートを練習する。
その度にバックボードにボールが当たったり手前で失速して落ちたり、と見事なまでにボールはリングに入らない。
「どヘタクソ。」
やっぱり流川がぼそ、と無表情で呟く。
「んだとおっっ」
「どあほう。そんな構えでシュートが入るワケねーだろ。テメーはまずフォームから徹底的に直さねーとなんねーんだよ。」
花道からボールを奪うと、くる、と体勢を変え、シュートの体勢に入った。
大して力を入れた様には見えない、殆ど完璧なシュートのフォームから放たれたボールは、綺麗に弧を描いてポス、と軽い音と共にリングに吸い込まれた。
そのままボールは垂直に落下し、ダン、と音を立てて床にバウンドし、転がる。
その音に、花道は我に返った。
認めたくはなかったが、流川のシュートに見入っていたようだった。
完璧なシュートだった。
正に、自分が脳裏に思い描いていた、理想のシュート。
不意に、以前に監督の安西から言われた事を思い出した。
「流川君のプレイをよく見て真似て、その三倍は練習しないととても高校生の内に彼には追いつけないよ」
認めるのも悔しかったが、その通りだ、と思った。
自分はバスケを始めてまだほんの数ヶ月、という、正にど素人なのだから。
自分一人でがむしゃらに練習をしていても、やっぱり中々上達はしない。
上達するには、手本が必要なのだ。
今、目の前にいる、花道曰く「いけすかねーキツネヤロー」が絶好のお手本となり得るのだ。
「どあほう。上手くなりてーんなら、よく見とけ。てめーは素人。オレは経験者。差があるのは当然だ。」
また、流川がシュートを繰り出す。
やはり、それは綺麗な軌跡を描いてリングに吸い込まれる。
「オレは、ずっとバスケをやってきた。ほんの子供の内からだ。その頃から、オレはバスケが上手くなりてかった。一番になりたくて、誰よりも上手くなりたくて、ひたすら練習ばかりしてきた。バスケが好きだったから。好きなモノくれーは一番になりてかったから。」
そして後ろを振り返り、花道をひた、と見据える。
流川の漆黒の瞳が真っ直ぐに花道を射抜いていた。
花道も、負けじと流川を見返す。
琥珀色とも言える、花道の薄い茶色の瞳が、流川の、底が知れない位に深い黒い瞳と絡み合う。
「どあほう、オレに付いてこいよ。」
「ああ?」
「オレに勝ちてーんだろ?なら、オレの動きをしっかり見て、必死で付いてくるんだな。そしたら、どうなるか分かんねーぜ?」
「なにおう?!キツネめっ!!」
挑発的とも言える流川の言葉に花道はぶるぶると体を震わす。
その様を眺めていた流川は、くる、と踵を返すと、ボールを戻しに用具室に向かった。
花道もふぬーとか唸りながらも後片付けをするべく流川の後に続いて用具室に向かう。
どあほう。必死で付いてきやがれ。
テメーが見れば見る程、オレは気持ちが熱くなる。
更にプレイに熱が入って、より高処を目指せる。そうすれば、もう誰にも負けねー。
何故だろうな、桜木。
オレはテメーがオレの後ろを付いてくるのが、何だか嬉しいんだ。
end