錦秋
いつもの濡れ縁。二人は何時ものようにささやかな宴を愉しんでいた。
二人の前には、晴明が用意した三輪の美酒と、博雅が持参した、この時季のもの。
火で軽く焙った茸に、銀杏を焙って塩を振ったものだった。
濡れ縁から眺める晴明邸の庭の木々は、紅や黄に鮮やかに色付き、春の花とは異なる趣と彩りを添えている。
二人の傍らに侍り、時折、抱えた瓶子から二人の空いた盃に酒を注ぐのは、庭に在る楓の式、竜田である。
黄紅葉の狩衣をすっきりと着こなし、漆黒の髪と同じ色の切れ長の瞳を持つ、美しい青年であった。
「竜田の楓も見事に色付いたなあ。今頃は高雄もさぞ美しい事であろうな。」
「では、近い内に参ろうか。なんなら今すぐにでも構わぬが。」
「今すぐ?行けるのか?」
「なに、陰態を通れば瞬く間に着くさ。参るか?」
「ああ。なら、参ろうか。」
晴明の用意した牛車に二人で乗り込み、本当に瞬く間に高雄山に着いてしまった。
清滝川の畔、少し奥に入った河原に敷き物が敷かれ、竜田が其処に控えていた。
そこには既に酒肴の支度がされていた。
そして、川の畔に沿う様に並ぶ、一面の紅葉。
椛に楓…ぐるりと目を巡らせば、近隣の愛宕の山々に鮮やかに錦が織り成している。
底までも見える清流に、はらりはらりと、紅や黄の葉が落ちては流れていく様は、これも錦そのもの。
「おお、これが高雄の秋か。素晴らしいものだなあ。おれなどの拙い言葉では表しきれぬが…この地が織り成す彩は、正に人智を超える。これを目の前にしては、賢しげな言葉など途端に色褪せてしまうのだろうなあ。」
「ならば、おまえのやり方で伝えてはどうだ?」
「おれの…?おお、そうか。」
博雅は破顔すると、常に懐に忍ばせてある愛笛、葉双を取り出し、す、と構えた。
そして、静かに紡ぎだされる天籟の音。
それは色付く山々に木霊し、溶け込み、何の違和感もなく、と一体になってゆく。
目を閉じてその音を堪能しながら、晴明は思う。
これは神に捧げる音だ、と…
それは、奏者の心根がそうさせるのか…
他の貴族達の、技巧を凝らし、相手の出方を伺い、駆け引きを愉しむ遊びの楽とは違う。
心を偽る事なく、ただ、在るがままに奏でる博雅だからこそ。
錦織り成す山々の中に在って、初めから其処に居たかの如く、その姿は其処に溶け込んで。
その奏でる天籟の音すらも、自然が自ら奏でる歓喜の声であるようにも思える。
晴明は、ただ、その様を眺めていた。
しっとりと余韻を残し、曲を奏し終えた博雅が、暫しそれに浸り、潤ませた瞳を虚空に向けている。
その腕を引いて晴明が己の元に引き寄せた。
「さあ、もういいだろう。戻ってこい、博雅。」
「何の事だ?」
晴明の腕の中で、博雅がきょとん、と男を見遣る。
「天地のものから…今度はおれのものに。ああ、それを教えてやろうか。」
「おい…」
抗議の声は男の唇に飲み込まれ…
錦織り成す山の中。
清らかな川の畔で、そこに敷かれた敷き物の上、其処にも錦が織り成す情景が繰り広げられている。
晴明が散らした博雅の衣は山々の紅葉にも似て、その鮮やかな錦の上、一際白く輝く肌が艶かしく揺れる。
晴明の膝の上、全ての衣を落とされた博雅が抱きかかえられている。
背には晴明の、意外に逞しい胸。
男の白く美しい手が、指が博雅の肌を這い回り、悪戯を仕掛ける。
その度に博雅は甘く啼き、身を震わす。
晴明の繊手が紅く尖った胸の果実を捉えた。
「ああ…ん、」
巧みな指の悪戯で、すっかり肌そのものの感度が過敏になってしまった博雅は、触れられる度、甘く啼く。
広げられた下肢の奥は、晴明の逞しいものを受け入れたまま。
時折、其処を不意に突かれ、肌のあちこちを弄られると、どうしようもなく悦んでしまう。
今度は、晴明のもう片方の手が、博雅の聳え立つものを柔らかく握りこんできた。
「あん、せ、めえ…い、い…」
胸の果実を指で捏ねくり回され、下肢の中央の先端をぐり、とくじられると、もう博雅はどうしていいか分からず、ただ、与えられる
感覚に溺れるのみの生き物になってしまう。
先程からの焦らす様な愛撫にそろそろもどかしさを感じてきてもいた。
そそり立ち、白い蜜を噴き零したままのものがひくひくと震え、限界を訴えている。
「せ、めえ…、もう、いきた…」
「ああ…おれもそろそろ…」
触れる度に甘く悶えて啼く博雅の秘所が、その度に絶妙に晴明のものに絡みつき、締め付け、晴明もやはり限界が近付いていた。
博雅の躯をゆっくり前に倒し、獣が交わる姿を取らせ、深く奥を突く。
「あああっっ!!」
博雅の聲に歓喜の色が混じる。
晴明はひたすら博雅の腰を掴み、抽挿を繰り返す。
「ああ、あんっ、いいっ…!!そ、こっ、もっとっっ」
最早博雅はあられもなく啼き、晴明のものに絡みつき、締め付け、解放を促す。
「…っ、堪らぬな、博雅、ようやっとおれの手に落ちてきたか…いとしい博雅…」
晴明が薄く口の端を吊り上げる。
天地に宿るすべてのものに、心のままに楽を捧げる博雅は崇高で美しい。
その姿を眺めているのも良いが、こうして自分の手の中に落ちて愛欲に溺れる博雅もまたいい。
何より自分のものだと確かに思えるから。
「ああ博雅…おれのものだ。天地などに渡さぬ。おれだけのものだ…」
錦織り成す山の中。清らな川の畔。
秋を司る竜田姫が、袖を翻したような鮮やかな紅葉の中、晴明と博雅はいつまでも抱き合っていた。
いつしか陽も傾き、山々の錦に斜陽の朱が眩しく映えるような刻限となり、敷き物の傍に灯代わりの火が炊かれた。
その灯を受けながら、晴明と博雅は凭れかかる様に寄り添っている。
「まったく…もう陽が落ちかけているではないか。折角高雄にまで来たのに、碌に周りを見もしない内からあのような…」
「明日また見ればよかろう。なに、宿はある。だからそうむくれるな。」
晴明が苦笑しながら博雅の頬を突付く。
「そら、酒も肴も新たに用意させた。機嫌を直さぬか。」
素肌に軽く袿を羽織っただけのしどけない躯を晴明に凭せ掛けていた博雅は、目の前に用意された酒肴に目を輝かせて身を起こした。
「ほお、山の幸か…銀杏に焼いた栗も、おお、子を持った鮎か。」
「それに、今日は竜田も連れてきておる。舞でも舞わせよう。」
「ほう、舞が巧みなのか?」
「中々見事にこなす。姿は男だが、偶にはよかろう?」
「なに、男でも女でも、美しいものを見るのは気分がよい。早速見せてくれるか。」
「では、酒でも呑みながらゆるりとな。」
博雅に土器を持たせ、それを播磨の酒で満たすと、手にした蝙蝠をぱちりと鳴らした。
すると、傍らに控えていた、楓の式神である、男の姿の竜田が、黄紅葉の襲の狩衣の袖をふわりと翻し、扇を手にして静かに舞い始める。
ふわりふわりと、舞う度に翻る袖が、はらりはらりと水の流れに落ちかかる鮮やかな錦の葉にも似て。
竜田の白い肌が、辺りの錦に、斜陽の朱に鮮やかに映える。
博雅は、その様をただ、言葉もなく見詰めていた。
不意に、後ろを振り返り、晴明ににっこり微笑む。
唐突に晴明に感謝をしたくなった。
自分にこんなにも美しいものを見せてくれた、いとしい男に。
「ありがとう、晴明」
「なんだ、急に…」
「ただ、言いたくなったのだ。こんなにも美しいこの地で、思いがけず豊かな時を過ごす事が出来た。嬉しいよ、晴明…」
「おまえの為であれば、何でもするさ…」
唐突に博雅の唇を己のそれで塞いだのは、僅かに染まった頬を知られたくなかったから。
それは傾いた陽の色が白い頬に映ったか、それとも…
了