初の陰陽師がコレです。今見ると初々しいですねえ。
今からだと想像もつきません。




二本の藤の木はほぼ満開に花を咲かせていた。

「博雅・・・笛が聴きたいな。そう、藤の下で・・・」

「それは構わぬが・・・ここでは駄目なのか?」

「その方が藤の木も喜ぶと思ってな。」

「なら、そうするとしよう。」

間もなく、博雅の葉双の音色が響き渡った。
天には満月に差し掛かった月が煌々と庭を照らす。
けぶるような白と紫の花の下。
葉双の音色は大気に溶け込むように響き渡る。
あくまで澄んだ音色だった。
躯の内側にまで染み込むような・・・

紫と白が一本ずつ。

藤の木が在った。


それを吹く博雅もまた…
月光に浮かび上がり、藤の花と一体化しているような…
少し閉じた目蓋の長い睫毛が微かに揺れる。
笛に当てている口元は濡れて時折動く。
目の前の情景はこの世のものではないようだった。

(夢か現か…)

晴明は、神を感じた。
その神に、この男は愛でられている。 でなければ、このように美しい筈がない。
だから、皆惹きつけられる。

(おれは…そこまで不遜になれぬ…)

気付いてしまった。 恐れているのは神にではなく、博雅に… 彼を汚してしまう事への恐れだと

神が愛でしひと

庭の一隅に

「…い、晴明?」

その声で我に返る。目の前には、博雅が手に杯を持ち、不思議そうに自分を見ている。

「すまぬ。少しぼんやりしていたようだ。」

此処は、晴明の邸である。いつものように博雅が肴を持って訪ねて来ていた。

「ならよいが…突然黙ってしまったのでこちらは驚いたぞ。…何か考え事か?」

晴明は一瞬、博雅を見つめ、

「いや…良い夜なのでな。つい、ぼうっとしてしまったのだよ。」

「そうか…確かに良い夜だ。おう、香がすると思ったらもう、藤の花があんなに…」


こんな人間もいるものか・・・
それが、源博雅というひとを初めて知った時の晴明の感想だった。

「そう言えば博雅様についてこんな話を聞いた事がある・・・知っておるか?晴明。」

内裏内、兄弟子の賀茂保憲と並んで清涼殿へ向かう途中の事。
ふいに、保憲がこんな事を言い出した。
珍しい事もあるものだ・・・
晴明はそう思いながらも話題が博雅の事となれば、耳を傾けずにいられない。

「博雅様が産まれた時の事・・・さる徳の高い上人が山の頂にある自分の寺から明け方の空を
眺めておると、どこからともなく楽の音が聞こえてきた、というのだ。
笛二管、笙二管、筝と琵琶が一面ずつ、鼓が一。この世で聴いた事のないめでたい調べを怪しまれて
楽の音を辿られたところ、五色の雲のたなびいている邸にゆきつかれ、ある高貴の方の産まれ出ずる
ところに出遭われた。それが博雅様だ。中々趣深い話ではないか?」

「そうですな・・・正に博雅らしい。あの漢は神に愛でられていますからな。」

神の寵児。なんと自分とは対極な。
だからこそ・・・惹かれる。

闇に生きるものには尚更のこと。それはきっと自分ばかりではない。

おそらく、隣のこの男も・・・