愛し君へ


その夜、博雅は宴に招かれていた。

博雅を招いたのは式部卿宮、敦実親王。
かつての博雅の音曲の師である。
 
よい琵琶があるからその音と月を愛でようではないか。

そう誘ったのである。
楽には目のない博雅である。
ふたつ返事で承諾し、宮の邸へと赴いた。
刻限は丁度、望月に差し掛かった月が昇り始めた頃。
月と、宮が用意した三輪の酒に気分も良くなってきた頃、宮がある物を持って来させた。
聴かせると約束した琵琶を雑色が携えて来たのである。

それは面に飛天の図が施された、見た目も素晴らしいものだった。
まずは宮が先触れの様に、軽く弾いてみる。
名手と謳われる宮の手は軽やかで、優美で、博雅はそれにうっとりと聴き入る。
好いたものを相手にしている時のように、頬は次第に上気し、
瞳までも徐徐に潤みだす。
そんな博雅の様子に、宮がふ、と笑みを浮かべる。
そして、いとおしむ様に目を細めながら、

「さあ、博雅、次はそなたが弾いてごらん。」
「では。」

博雅が琵琶を受け取り、爪弾いてみた。
澄んだ音が宵闇のに響き渡る。

その音はまさに天上の音色。
宮は、目を細めてそれに聴き入る。
ふと、宮が目を見開いた。
無心に琵琶を弾く博雅の背後に、ゆらりと影が立つのが見える。
よく見ると、人の姿をしている様にも見えるが、不思議と恐ろしくは感じなかった。
博雅は、それには気付かない。
だが、弾いている内に段々とその音色に艶が混じり始めた様だった。
博雅の表情にもそれは表れ、次第に頬が上気し、夢見心地にいるようだった。
宮は、目を細めてその表情と音色を楽しむ。
やがて曲が終わり、博雅は上気した顔のまま宮に向き直り、
琵琶を返した。

「何とも素晴らしき琵琶にござりました。

奏でているとこちらまで何ともいえぬ心地になります。」
博雅の、上気して薄らと仄紅く染まった顔を眺め、宮はふ、と軽く微笑んだ。

「博雅、そなた、この琵琶が気に入ったか。」
「はい。これ程の名器、主上の御持物とも並びます。それに・・・何とも心地よいのです。」

宮の目が僅かに細まる。

「それ程気に入ったのなら・・・それはそなたに差し上げよう。」

博雅の目が見開かれる。

「宮・・・何と仰せに・・・」
「その琵琶はそなたのものぞ。持ち帰るがよい。」
「いいえ、宮、この様な名器、私などには勿体のうございます。受け取る訳には参りませぬ。」
「よいと言うておる。この琵琶はそなたを選んだらしいからの。」
「は・・・?」

博雅がきょとん、と宮を見つめた。
そうすると幼げな顔になる。
宮はくつくつと笑い、

「その琵琶はの、私が奏でてもそなた程の音色は出なんだ。なれば、これをもっとも美しく奏でる事が出来る者こそが
これの主に相応しかろう?」
「しかし・・・」
「博雅、私がよいと言うておる。それでも承服しかねるのなら、そうだな、その琵琶を私と思うがよい。これを奏でる時に私を思い出してくれればそれでよい。」

そうして微笑んだ宮の表情はいとおしむ様で・・・
ただ、その瞳の奥の微かな熾火には博雅は気付かなかった。

「そのようにしてこの琵琶を頂いたのだ。このように見事なものを・・・」

所は変わり、晴明邸。
件の琵琶を持参し、晴明の元でゆったりと酒を酌み交わしていた。

「確かに見事なものだな・・・」

晴明が軽く目を眇める。
何となく、気になる。何か、引っ掛かるような・・・

「博雅、一曲聴かせてみてはくれぬか。」
「おお、そのつもりで持参したのだ。本当に素晴らしい音色なのだよ。」

そして、夜の静寂に澄んだ音色が溶け込むように流れ出す。
時に冴え冴えと、時に艶やかに。晴明も、博雅の楽の才は知っているつもりだったが、改めてそれを思い知らされた。

これを人が奏でているのが不思議な程の天上の音。
正に天籟。

只、この時の音色にはいつもより色が増している様に思えた。
澄んだ、清雅な響きに時折混じる、その「色」
艶めいた、あでやかとも取れる色が、確かにいつもよりも濃く感じる様に晴明には思えた。
天上の酒を飲んだならこのような心地だろうか。
悦楽に身を浸しきったような、陶酔と興奮の狭間。

曲が終わり、博雅が晴明を見遣る。
黒目がちの瞳は潤み、目元がほんのり染まっている。
いつも博雅は曲を奏でた後は暫しその余韻に浸って恍惚とした表情を時折見せるものだが、今宵は・・・
まるで、誘うような・・・

晴明の手が伸び、博雅の頬につ、と触れる。
博雅が、ゆっくりと瞳を閉じた。
閉じた瞳に被せられた長い睫が震える様に誘われる様に、晴明の唇が静かに寄せられ、瞼に、頬に、唇にゆっくりと触れていった。

閨に籠る濃厚な空気、熱い吐息、微かな、啜り泣く様な喘ぎ声。
博雅の腕が晴明の首に廻され、脚が晴明の腰に絡み付き、晴明に穿たれた腰がくねる。

「晴明・・・せいめ、え・・・」

その言葉の先を晴明は知っている。
もっと、と言いたいのだ。
望み通りに腰の動きを強く、激しいものにする。

「あ、ああっ・・・」

歓喜に啼く高い嬌声。
そんな博雅の嬌態に溺れる様に愛撫を施しながら、同時に微かな違和感をも覚える。
今宵の博雅はいつになく淫らだ。
それでも、それが博雅である限り、自分は溺れていくのみ。

夜半、博雅がふと目を覚ます。
晴明に抱きこまれた一糸纏わぬ裸身には鮮やかな花弁が無数に散らばる。
いつになく乱れた博雅に晴明の理性が残らず吹き飛んだ結果だった。
それを気に留めるでもなく、そろりと晴明の腕から抜け出し、夜着を纏って濡れ縁に出る。

其処には、先刻まで妙なる音を響かせていた、式部卿宮より頂いた琵琶が柱に立て掛けてあった。
済し崩しの様に晴明との睦み合いに及んだ為、つい琵琶の事を失念してしまった。
濡れ縁に座り、琵琶を手に取ってびいん、と爪弾く。

微かに届くその音色に、ふと、晴明が目を覚ました。
隣を見ると、腕の中に居た筈の博雅の姿が見当たらない。
晴明は起き上がってその姿を求める。
と、微かに琵琶の音が耳に届く。
博雅が奏でる妙なるその音。

やれやれ、余程お気に召した様だな。

晴明は苦笑してその音の元へと向かう。
案の定、濡れ縁では博雅が静かに琵琶をゆったりと奏でていた。
晴明は思わずその姿に目を奪われた。

微かに開かれた蔀戸から漏れる、冴えた月の輝き。
その皓皓とした、けれど青白い光に照らし出された博雅は常人とは見えなかった。
あまりに冴えて、あまりに艶めいて・・・

その内に博雅の様子が段々に違うものになる。
静かに弦を爪弾いていた手の動きが徐徐に早さを増し、それに併せてその表情にも変化が顕れる。
何処か恍惚とした、夢でも見ているような・・・

呼吸すらも荒いものになり、頬を染め・・・
まるで・・・晴明の腕の中で悦楽に喘いでいるような・・・

晴明はそんな博雅の姿から目を離せずにいた。
その内にも、博雅の手の動きも呼吸も昇りつめるように速さを増し、それが最高潮に達した、と思った瞬間、博雅の背が撓り、爪弾いていた琵琶の弦が音を立てて断ち切れた。

そのまま、博雅は気を失い、簀子に蹲る。
慌てて晴明が駆け寄り、その身を抱き起こした。
と、ある臭いが鼻を突く。
恐る恐る博雅の夜着を肌蹴ると、太腿の辺りに白い粘液が飛び散り、その中心からは粘液が滴り、力を失って垂れ下がっていた。
と、晴明は何かの気配を感じた。
琵琶に何かが憑いている様な・・・
それが、博雅をこの状態に追い込んだのか。

その日から晴明は博雅を自邸に留め置いた。
博雅が宮より拝領したという琵琶に憑くもの。
まるでそれが博雅を犯している様に思えて、晴明は穏やかではなかった。
だが、博雅はやはり琵琶を奏で、その後に我を忘れ、やはり気を遣る。
晴明が如何に琵琶を目の届かぬ処に仕舞い込んでも、どうやってか見つけ出し、爪弾いているのだ。

ある夜、晴明は何時になく激しく博雅を抱いた。
朝まで目覚める事のないようにと、執拗にその躯を責め立てた。
そして、夜も更けた頃、正体を無くして眠り続ける博雅の傍にその気配は訪れた。
それは徐徐に人の形を取り、人の声で、眠る博雅に切なげに、愛しげに囁く。

「私の博雅・・・」

それを耳にした途端、晴明はかっとなった。
博雅の手を取り、その指に口付ける。

「この男はおれのものだ・・・」

挑むように、その人影に告げる。
人影は、僅かに笑みを浮かべた様に見えた。
次の瞬間には、掻き消す様にその気配は消えていた。
そうして、次の夜、晴明は、再度訪れたその気配に問い掛ける。

「そなた、何者だ。何故博雅に付き纏う。博雅に縁ある者か?」

その影からくつくつと笑う声がする。

「これは私のものだ・・・ずっと昔、幼い頃より私のものであったのだ・・・」
「それはどういう・・・」

更に問う晴明の目の前でまたも掻き消す様に気配が消えた。
翌朝、晴明は博雅に昨夜の事を語り、人影の事を尋ねた。

「その人影はおまえを”私の博雅 “と言っていた。あれはおまえを知っているようだった。おまえに縁のあるものなのか?おまえの昔を知る者・・それは誰だ。」

それを聞いた博雅は沈黙し、暫し逡巡している様だったが、
やがてゆっくりと話し出した。

「幼い頃は・・・色々な方に管弦を師事して頂いた。中でも、おれに和琴を教え、後見ともなって下さったのが、亡き
醍醐の帝の弟宮である式部卿宮、敦実親王様だ。おれはこの方が好きだった。大叔父とは言え、親子位の歳の差だし、おれは早くに父を亡くしていたから、知らず、父の面影を重ねていたのかも知れない。
おれを可愛がって下さった、祖父帝である醍醐の帝の弟でもあるし。厳しく、だが、優しい方であったよ。
宮もおれを自分のご子息方と同じ様に見ていた・・そう思っていた。」

更に博雅は静かに語りだす。
宮との秘められた、ある夜の事を。
それは、博雅が晴明と出会って間もない頃だった。

その夜、博雅は宿直に当たり、禁裏に詰めていた。
何をするでもなく、渡殿に出て月を眺めている内に笛を吹きたくなり、懐から葉双を取り出して奏で始めた。
暫く吹き通して、閉じていた瞼を開くと、何時の間にか目の前に人影が佇んでいた。
月明かりが照らすその姿には覚えがあった。

「久方ぶりだな、博雅。」
「これは・・・宮・・・」

その人物は、式部卿宮、敦実親王だった。

「少し調べ物があったのでね、この刻まで居残っていたら、思いがけずそなたの笛の音が微かに流れてきたので音を辿って此処まで来てしまったのだよ。相変わらずだな。」

式部卿宮がにっこりと優しく微笑む。

「は・・・いや、お恥ずかしい。」

何となく博雅は照れて、薄らと頬を染めた。
そんな様を宮は目を細めて眺めていたが、

「今宵は美しい月夜だ。少し歩かぬか?」

宮の散策の誘いに宿直である事を思い出して博雅は一瞬躊躇ったが、

「はい。喜んでお供致します。」

快く頷いて下に降り、宮と並んでゆったり歩き出した。
やがて、宮が立ち止まって空を見上げ、煌々と辺りを照らす
充分に満ちた月に溜息を吐き、博雅に語り掛けた。

「そういえば、暫くそなたの笛を耳にしておらなんだ。今宵は美しい月夜である。久方ぶりにそなたの笛を私に聴かせておくれでないか。」
「はい。喜んで。」

博雅は嬉しげに微笑むと、懐から葉双を取り出し、ゆるやかに
奏で始めた。
博雅の脳裏に浮かぶは今宵の月夜と、その月を連想させる友の姿。

(晴明・・・)

唯、彼を想う。
冴え冴えとした月にも似た、美しく、孤独で慕わしい彼のひとを。

ふと、宮がそれに気付いた。
常であれば清冽で澄み切った博雅の音に、微かに混じったその色。
何処か切なげで、知らず、胸の内がざわめく。
曲が終わり、暫し余韻に浸って月を見上げる博雅の表情に、その様に、宮は瞠目した。
何処か夢を見ているような、切なげに潤んだ瞳、上気した頬。
心持ち薄く開かれた口唇。
ざわり、と宮の内で何かが蠢いた。

心の内に蠢くものの正体に、図らずも宮は気付かされた。
それは情欲。
息子同様に慈しんでいた博雅への。
それはもうずっと以前から宮の心の内に巣食っていたものかも知れない。
幼い頃からその手元で慈しみ、育んできた博雅。
いつか、息子とは違う眼差しで博雅を愛しんでいた。

己の内の欲求に逆らえず、宮は博雅の手を取り、その甲にそっと口付けた。

「宮・・・?」

驚く博雅の手を引き、己の元に引き寄せてその耳元に囁く。

「博雅・・・そなたが愛しい。どうか、私のものになっておくれ。ああ、どうか、拒まないでおくれ・・・どうか、博雅・・・」

宮の熱い囁きに、真摯な表情に、縋るような眼差しに、博雅は抗う事が出来なかった。

宮に伴われて入った空いた部屋の奥。
几帳の陰に押し倒され、衣服を乱されながら、脳裏に浮かぶのは晴明の姿のみだった。

(晴明・・・おれは・・・本当は、おまえに・・・晴明・・・)

乱された衣の隙間から宮の手が肌を這い回る。
初めての感覚に博雅は必死で耐えていた。
まさか、同性に・・・しかも、自分が父とも慕った敬愛すべき師に身を委ねようとは・・・
と、宮の指が胸の辺りを弄り、その突起につ、と触れた。

「!」

びくん、と博雅の躯が強張る。
次には、更に前を肌蹴られ、首筋に唇の湿った感触を感じた。

「ん・・・!」

遂に聲が漏れる。
その様に宮は笑み、更に唇を下に移動させていった。
指で触れていた胸の突起に唇を寄せ、舌を出してちろりと
舐め上げる。

「あっ」

博雅は驚いて宮の肩に手を掛ける。
宮はそれを気にも留めず、更に胸への愛撫を施していった。
女を相手にする時の様に突起をねっとりと舐め上げ、時折
指できゅ、と摘んだり歯を立ててかしりと咬んでみたりする。
その度に博雅の躯は跳ね、未知の感覚に身を捩る。
この、背を這い上がる様な感覚は一体何なのだろう。
と同時に、宮の手と舌が這い回る度に肌が熱くなっていく。

「!」

博雅の躯が強張る。
宮の手が腰帯に掛かり、それを解き始めた。
しゅる、と帯が解かれ、衣擦れの音が微かに耳に届く。
博雅は居たたまれなくなって顔を背けた。
やがて、宮の目前に博雅の下肢が曝け出され、陽に焼ける事のない白皙の肌と、下肢の中央で僅かに頭を擡げ始めている陰茎を目の当たりにする。
宮は薄く笑い、微かに震えるそれにそっ、と触れた。
途端、博雅の躯がびくん、と震える。
自らで触れた事が無い、とは言わない。
男の身である以上、それは生理的な行為だった。
それが今、他人の手に触れられている・・・

「あっ!」

博雅の背が仰け反った。
宮の繊細な指が博雅のそれを握りこんでいた。

「博雅・・・こうされるのは初めてか?」
「あ・・ああ・・・」

唇から漏れる吐息が熱いものに変わっていく。
躯は齎される快楽を望んでしまう。
それが自分であろうと、他人であろうと・・・
やがて、濡れた音が響き始めた。

「濡れてきたな。愛いのう。」

宮の手の動きが激しくなり、先端を爪で挫いたり奥の袋をも
柔柔と揉みしだく。

「あっ、あ、ああっっ」

博雅の脚がびくびくと撓り、汗が噴出す。
自分で齎すよりも尚、淫猥で執拗な他人の手。
只、それに溺れ、唇は閉じられる事なく絶えず高い喘ぎを
漏らし続ける。やがて。

「あっ!あ、ああーーっっ!!」

絶叫と共に躯が一際撓り、陰茎から白濁した粘液が噴出した。
あまりに衝撃に未だ躯は痙攣し、息が中々整わない博雅に
構う事なく、達したばかりで力を失っている陰茎に宮が指を
絡ませ、その粘液を掬い取った。
そのまま博雅の脚を抱え上げ、奥まった箇所を曝す。
誰も触れる事の無かったその最奥の秘所に宮の指がそっと触れた。

「宮・・・?」

博雅が不思議そうに問い掛ける。

「男の時はな・・・此処を使うのだ。知らなんだか・・・」

宮がく、と笑い、粘液を纏わりつかせた指をつぷ、と潜り込ませた。

「!」

博雅の腰がびくん、と揺れる。
そのまま宮の指が更に奥に潜り込んでいく。

「い、痛・・・宮、やめ・・・」
「案ずるな。じっくり慣らすゆえ。」

そう囁くと、更に博雅の脚を抱え上げ、顔を寄せた。
指を呑み込んでいる秘所にちろりと舌を這わせる。

「やっ!」

思いがけない刺激に博雅の背が撓る。
自分ですら触れた事のない、触れる事など思いも及ばない箇所をこうして舐められている・・・

「や、いや・・・宮、やめて下さい・・」

どうしていいのか分からず、博雅が哀願する。
その瞳から涙がつう・・と滴り落ちた。
宮は体を起こし、顔を寄せて博雅の頬にそっ、と手を宛がう。
「博雅、怖がる事はない。私はそなたが愛しいからこうして睦み合いたいのだ。そなたは私を好いてくれておるのか?
それとも、他に好いた者がおるのか。」
問われて、博雅の脳裏にはたった一人が浮かんだ。

白い狩衣を纏った、冴えた月にも似た己の親友。

(晴明)

「好いた者がおるならその者とこうしていると思えばよい。私を好いておるなら嬉しいのだが。」

宮の笑みは何処か自嘲気味に映った。
だから、この人を拒めなかったのかも知れなかった。

「私は・・・貴方をお慕い申し上げております。貴方が私に向ける想いとは違うものかも知れませぬが・・・」

博雅は柔らかく微笑んで自ら脚を開いた。

「どうぞ宮の宜しいように・・・」

宮が再び博雅の下肢に顔を埋め、奥の秘所に愛撫を施していく。
唾液をたっぷりと乗せた舌でなっとりと舐め上げ、時折指を潜り込ませる。
その度に博雅の躯がびくびくと跳ねた。
と、博雅の内を探っていた指がある箇所を探り当てた。
内側のぷっくりとした膨らみに触れてみる。

「ああっっ!!」

途端、博雅の背を何かが走り、躯が大きく仰け反った。
今までの異物感とは明らかに違う感覚。
それを見てとった宮の指が更に執拗に其処を責め立てる。

「あ、はあ、あ・・ああっっ・・・」

もはや博雅の聲は留め様もなかった。
この初めての感覚。明らかに快感だった。
もっとその悦楽が欲しい。
躯がそれを求めて戦慄く。

「悦いのか、博雅・・・」

宮が薄く笑う。
いつか、指は本数が増やされ、交互に其処を責め、抜き差しを
繰り返す。
「ああっ、あ、あはあっっ」

もはや初めての悦楽に博雅は正常な意識を飛ばしていた。
自然と脚が開き、腰を揺らめかせ、情欲をそのままに映した潤んだ瞳が宮を見詰める。
それを目にした瞬間、宮の下半身にずくりと熱が集まった。

「博雅・・・よいな?もう、抑えが利かぬ・・・」

宮が自らの束帯の前を寛げ、衣の間から既に猛っていた己を取り出した。
それを目にした博雅が目を剥く。
自分以外の、他人のものを見るのはこれが初めてだった。
撓り、反り返って質量を増した赤黒い巨きいものが先走りの液で
てらてらと濡れ光っている。
それ自体が生き物の様にびくびくと脈打つ。

「これをそなたの裡に・・よいな。」
「あ、あ・・」

脚に手を掛けられ、開かされて恐怖を感じた。
これが自分の裡に入るのか。

「い、嫌・・・っ・・!!」

瞬間、博雅の後孔にそれが宛がわれ、ず・・・と押し開かれた。

「あっああーーっっ!!」

身の内を裂かれ、開かれる衝撃に躯が強張り、痙攣を起こす。

「博雅・・力を抜け。ゆっくりと息を吐くのだ。力を込めては辛いだけぞ。」

宮が宥める様に手を伸ばして博雅の頭を優しく撫ぜる。
博雅はその言葉の通りに何とか力を抜こうと、ゆっくりと息を
吐いてみる。
それを見届けた宮が更に手を下に伸ばし、衝撃に萎えてしまった博雅の陰茎を弄り始めた。

「あっ!」

博雅の意識が僅かに痛みから逸れる。
更に意識を逸らす様に宮がゆっくりと博雅のものに愛撫を施していった。

「あ、あ、ああ・・・」

濡れた聲が上がる。
同時に、宮のものを半ばまで呑み込んでいた後孔が快楽に因って徐徐に綻んできた。
固い蕾が花開いていく様に後孔がゆるゆると蠢き、内に引き込む
様な動きさえ見せ始めた。
それを見計らったかの様に宮が動きを再開させた。

「あうっっ!!」
「博雅・・・」

宮が激しく博雅を穿ちながら熱く囁く。

「博雅・・博雅・・・我がものになれ、どうか・・私のものに・・」

段々に快楽が意識を支配していく中、それでも博雅は必死にかぶりを振った。

「いいえ・・いいえ・・・宮・・・」

宮に激しく揺さぶられながら、必死で博雅が言葉を綴る。

「宮が望まれるなら・・・この身はいくらでも差し出しましょう・・ですが、心だけは・・・私の想いだけは・・・差し上げる事は出来ないのです・・・」

宮の目がすう、と細まった。

「誰ぞ・・想う方がおるのか。」
「・・・」

未だ漠然としたこの想い。
だが、判ったような気がした。
この時に晴明を思い浮かべた自分の想いは・・・

「あうっ!」

不意に宮が更に激しく突き上げる。

「ならば・・・今宵だけでもその身、私に差し出せ。今宵限りは、そなたは私のものだ・・・」

その夜、宮は思うがまま博雅の躯を貪った。
一度だけでは飽き足らず、何度も、何度も、自らの想いを
その躯に刻み付けるかの様に。
博雅が初めて男を知り、受け入れた夜だった。

博雅がその、宮との秘めた夜の事を語り終えた直後、不意に晴明の手が伸びて博雅の腕を掴んだ。
驚いた博雅が晴明を見遣ると、その瞳は奥に青い火が灯っている
様に底光りの光を宿し、此れまでに見た事の無いような昏い色をその秀麗な貌に浮かべていた。

「せいめい・・・?」
「既に他の男にその身を許したと云うのか、博雅・・・?おれを想いながら躯は他の男に捧げたというのか・・・」

言うなり、未だ褥の上の博雅をその場に押し倒し、夜着を力任せに引き裂く様に毟り取る。

「晴明っ、何をいきなり・・・」

晴明が強い眼差しで博雅を見据えている。
抗議の言葉も耳に入っていない様だった。

「既に他の男がおまえに触れたのか・・・この肌に・・・断じて赦さぬ。」

晴明の手が博雅の露になった肌を弄り、嬲っていく。

「ああ・・・あ・・」

博雅が熱い吐息を漏らす。
昨夜、散々嬲られた躯は僅かな刺激にも容易く反応を反す。
胸を辿っていた晴明の指が既に勃ち上がっている、その果実の様な突起をきゅ、と摘んだ。

「ああっっ」

高く、甘い聲が上がる。

「此処を、この様にされて悦んだのか・・・そんな聲で啼いてみせたのか・・・」

晴明はあまりの嫉妬と独占欲に目が眩む思いだった。
博雅に罪はない。
それを解っていても尚、自分の内の荒れ狂う激情を抑えられない。
不意に、解かれた夜着の帯を手に取り、素早く博雅の手を後ろに
廻し、帯で縛り付けた。

「晴明っ、何を!」

博雅が驚いて抗うが、結わえられた帯はきつく結ばれて容易く解けない。

「晴明・・解いてくれ・・・」

博雅の哀願にも耳を貸さず、晴明の手がゆっくりと博雅の肌を這い回ってゆく。
びくん、とその肌が震えた。
夜着の前を肌蹴、両手の自由を奪われて晴明の愛撫に打ち震える博雅の肢体。
それを眺めるだけで晴明の下肢が熱く滾り、嗜虐心が頭を擡げる。
知らず、晴明の喉が鳴り、その肌に顔を埋め、舌を這わせてゆく。
胸の中央で固くしこり、鮮やかに色付いた突起を突付き、ねっとりと舐め上げる。

「ああ・・・っっ」

博雅が熱い吐息を漏らす。
それに気を良くした晴明の舌が更に己の舌で片方の乳首をなぞり、もう片方を指先で捏ね回し、爪を立てる。

「ああんっ!!」

びく、とその下の躯が跳ね上がった。
胸への愛撫だけで博雅の下肢で息衝くものは頭を擡げ、先走りの蜜をたらたらと溢れさせている。

「・・おまえの躯は何とも淫らよの。この様にしたはおれか?それとも式部卿宮か?なあ、博雅?」

晴明がいっそ優しい程の口調で問い掛けるが、その手は下肢に滑らせ、濡れてそそり勃つ博雅のものを強く握り締めた。

「あうっっ」
「博雅、その身を捧げたのはその晩一夜限りか?その一夜の他にも幾度か宮とまぐわったのではないのか・・・」

ぎり、と更に博雅のものに絡む指が締まる。

「いっ!あ、いやっ、せいめい・・・っっ」
「どうなのだ?博雅・・・」

晴明の切れ長の瞳の奥、熾火がちろちろと青白く燃えている様だった。その瞳に怯えた様に、震える声で博雅が必死に言い募る。

「宮とは・・・その夜一度限りだ・・・その後は一切そのような事はしていない・・・」
「まこと、言い切れるか。誓って、その後は何もなかったのだな。」
「誓って・・・宮とは一夜限り。おれをこの様に変えたのは、晴明、おまえだけだ・・・」

涙で潤んだ瞳を、それでも真直ぐに晴明に向ける。

「では・・・此処も、男を咥え込める様になったは・・・おれの為か?」

博雅の脚を大きく開き、その奥の秘所にいきなり指を一本、
ずぶりと突き入れた。

「あうっ」

博雅の背が撓る。
が、さして抵抗を見せない蕾はずぶずぶと晴明の指を飲み込み、内の肉壁がうぞうぞ蠢く。

「指では足らぬだろう?そら、くれてやろう・・・」

博雅の蜜壷から指を引き抜き、己の欲望を取り出して既に勃ち上がっているものを蕩けきった蕾に突き立てる。

「ああっっ!!」

衝撃にびくん、と博雅の背が仰け反った。
が、晴明は更に博雅の脚を抱え上げ、更に深く突き入れた。

「あはあっ、あっあっっ」

高く熱い聲が断続的に漏れる。
晴明を飲み込んだ肉壷はぐちゅぐちゅと濡れた、淫らな音を立て、其処を穿つものを奥に引き込む動きすら見せる。
晴明が更に激しく責め立て、角度を変えての突き上げを繰り返す。

「はあっ・・はんっっ!!あ、ああっっい、い・・せいっ、めい・・・っっ」

博雅が歓喜に濡れた聲を立て続けに上げる。
自ら腰を振り立て、晴明との交合にただ、溺れる。

「そうだ、博雅・・・もっと名を呼んでくれ。おまえを抱いているのは、このおれだ・・・」

晴明がうっそりと笑い、いきなり体を起こし、博雅をもぐい、と抱え上げ、そのまま腰を掴んで、落とす。

「ああうっっ!!」
正面で向き合った体位を取らされ、己の体重でそのまま、ずぶずぶと晴明のものを根元まで飲み込み、深すぎる快楽に躯が仰け反る。
晴明が博雅の腰に手を掛け、上下に揺さぶり、下から突き上げる。

「はあっ!!あんっっ!はああっっ」

博雅の両の手首はまだ後ろ手に帯で括られたままだった。
両手を使えない不安定な体勢で突き上げられ、不意に思いがけず深い処まで晴明のものを咥え込んでしまう。

「あんっっ、い、やっ・・せい、めいっ・・手、といて・・」

体内の奥深く咥え込んだ晴明の男根に蹂躙されながら、身を捩って博雅が弱々しく訴える。
切なげに寄せられた眉の下、涙で潤む瞳を微かに開き、全身を花の如くに朱に染め、汗をつう・・と滴らせて身をくねらせる姿はあまりに淫靡で、なのに可憐で。
そんな様で哀願されたら聞き届けてやらずにはおけない。

「おねが、い・・・手、いたい・・・」
「・・・わかった」

晴明が博雅の両手首を拘束していた帯をしゅる、と解いてやると博雅が自由になった手を伸ばし、晴明にきゅう、と抱き付いた。

「怖かった・・・おまえに赦してもらえぬかと・・触れてもらえぬのか、と・・・」
「博雅・・・」

晴明も手を伸ばし、しがみ付いてくるその躯をきつく抱き締める。

「晴明・・おまえが赦さぬのも無理はない。それでも・・・これだけは。おれが、心より抱き合いたいと望むのは、抱かれて淫らな姿を晒すのは・・・おまえだけなのだ。」

博雅の頬に手を掛けて上向かせると、の深く澄んだ瞳が涙に濡れて晴明を真っ直ぐに見詰めている。

「ああ、博雅・・・」
無上の愛しさが不意に募り、色付いた柔らかな唇にそっと口付けた。
そのまま口腔に舌をするりと潜らせ、ゆっくり博雅の舌と絡ませると、博雅もおずおずと絡め返してくる。
いつか、博雅が腕を晴明の首にしなやかに絡ませ、共に激しく貪りあう。
晴明の手が博雅の腰に廻り、唐突に突き上げを再開させた。

「んうっっ!!」

博雅がくぐもった聲を漏らす。
晴明が更に下から突き上げ、博雅の腰を掴んで激しく揺さぶり続ける。

「んうっ、あっ、ああっっ」

堪え切れず博雅が唇を離し、濡れた聲を上げながら、自らも突き上げる動きに併せる様に腰を揺らめかす。

「博雅・・・すまぬ。つまらぬ妬心からおまえを疑い、傷付けた。すまぬ・・・」
「いいのだ・・晴明。それだけおまえがおれを想ってくれていると分かって・・・嬉しくもあるのだ・・」
「博雅・・・此れほど、おれを溺れさせるのは、まこと、おまえのみだ。いとしい君よ・・・」

そのまま二人の交わりは激しさを増し、月が西に傾く頃まで互いの肌に溺れ続けた。

睦み合いに疲れた二人が眠りに付いて暫く経った頃。
ふ、と晴明が薄らと目を覚ます。
己の腕の中には、先刻まで貪るようにその肌に溺れた愛しいひと。
安らかに眠るその目元には、未だ残る涙の痕とその為に染まった花の色合い。
あどけないその寝顔がとても可愛く思えて、その目元にそ・・と接吻を落とす。
と、不意に何かを感じた。
それは、此れまでにも幾度か感じた事のある気配。
そのものは、次第に人の姿となり、何事かを囁く様に呟いている。
どこか、愛しげに。晴明にはそれがはっきりと聴こえた。

「私の博雅・・・」と。

その時、眠る博雅にもその気配と声が伝わったのか、ふ・・と目を覚まし、薄らと瞼を上げる。
博雅の目にも、闇の中、浮かび上がるその姿が見て取れた。
それが誰の姿なのかも。

「宮・・・?」

その人影は微かに微笑んだかと思うと、次の瞬間には掻き消す様に、その気配は消えていた。

夜がしらしらと明け、曙の光が寝所の内にも届き始めた頃。
二人は互いに目を覚ました。
晴明が腕の中の博雅の髪を優しく梳いてやる。

「大丈夫か・・・昨夜は随分と無茶をさせた。すまぬ。」
「いいのだ。今はとても気分がよい。おまえの腕の中はとても心地よい・・・」

うっとりと、博雅が更に体を寄せ、晴明の背に腕を廻す。
晴明が優しく博雅の額に接吻を落とす。
それをくすぐったそうに受け止めて、はにかんだ様に博雅が笑った。
その笑顔を晴明は眩しいものでも見る様な心持ちで目を細め、博雅を抱く腕の力を少し強くする。
そのまま、共に心地よい余韻に浸っていたが、博雅が不意に呟いた。

「晴明、宮の許に行こう・・・」

途端、晴明の片眉が上がる。

「式部卿宮の処にか?何故、今頃・・・」
「あの琵琶に現れたのは宮の生きだったのだろう?ならば・・おれが宮ときちんと向き合わねばならぬと思うのだ・・・」

博雅が真っ直ぐに晴明を見据える。
黒い珠の如く澄んだ瞳に迷いは見えなかった。

「分かった。おまえがそう望むなら。だが、宮と話す間はおれもおまえの傍に居るぞ。」
「ああ。そうしてくれ、晴明・・・」

二人はその後、湯浴みをして身なりを整え、式部卿宮邸に向かった。

既に先触れの文は出してあった。
出迎えたのは宮の三男で、博雅とも親交のある源雅信だった。

「よく来てくれた。父上も文が届いてから随分待ちかねておったよ。父上は今、臥せっておられるが・・」
「臥せって・・?病なのか?どの様なご様子なのだ。」
「どうもあまり夜、眠れぬ様でな。何だかとてもお疲れのご様子なのだ・・・」

そこまで聞いて、博雅は晴明と顔を見合わせた。
やはり、夜な夜な博雅の許に現れていたのは、式部卿宮の生き霊だったのだ。

やがて、宮の寝所に二人は通され、雅信はそのまま退がっていった。人払いもされ、寝所には宮と博雅、晴明のみが残された。
褥に臥せっている宮の姿に、博雅は愕然とした。
ほんの数日前に会ったばかりなのに、随分と宮は面やつれしていた。
顔色には血の気がなく、頬も肉が削げたような・・・
何より、あまり生気が感じられない。

「宮・・・」

呟いて、博雅は宮の手を取る。
その声が届いたのか、宮が薄らと目を開けた。
首を巡らし、博雅の姿を見て取る。

「おお、博雅・・・」

宮がうっすらと微笑む。

「宮、どうか・・・どうか、早く快くなられて下さい。私は・・宮が大切です。何があろうとも、あなたは私のかけがえのない、敬愛する師の君なのです・・・」

博雅の瞳からは涙が伝い落ちていた。
それを見詰める宮の瞳からもつう・・と一滴、涙が頬を伝っていた。
涙を浮かべたまま宮は微かに微笑み、再び瞳を閉じた。
帰りの車の内で晴明は博雅に尋ねた。

「よかったのか、博雅。」
「何がだ?」
「あれだけの事で・・・宮に問う事もしなかったな。あの生き霊は宮だったのだろう。」
「いや、あれだけでよいのだ。あれがおれの偽らざる本心だったのだから。宮も解って下さる。」
晴明に向かってにこりと微笑んだ博雅の表情は柔らかい光が取り巻いて射るかの様で。
静かにその身を己の許に引き寄せた。

「おまえも・・おれが宮と話す間、静かに見守ってくれていた。ありがとう・・・晴明。」
「宮がおまえに何かしようとしたなら、おれは直ぐに手を出すつもりだったが、どうやらその必要はなかったみたいだからな。
おまえが宮の心を溶かしてしまった。まったく、おまえには敵わぬ。」
晴明は静かに博雅を腕の中に閉じ込め、優しくその唇に口付けた。

その宵。
博雅はそのまま晴明の邸で件の琵琶を爪弾いていた。
だが、奏でていくにつれて、博雅の傍らにぼんやりと何かの
形が浮かび上がり、それは次第に人の姿となっていく。
その姿は、晴明も博雅も全く見覚えがない人のものだった。
官人の様だが、今の、いや、この国の朝廷で見るものではない。
晴明が問うた。

「そなた、何者だ?」

それに人影は応えた様だが、言葉の響きが違う。この国のものではないような・・・
思い直して、再び晴明が、今度は唐の国の言葉で問い掛けた。
今度はそれに明確に応えが返る。

「我は大唐国の琵琶博士で、廉妾夫という。
この琵琶は元は我のものであったのが、何時までもこの妙音聴きたさに死しても離れ難く、魂魄はこの琵琶と共に在った。
だが、望む程の音を奏でる奏者には出遭えず、いつか、この琵琶の内で眠っていた様だが、暫くぶりに我の求める音を奏でる者に漸く巡り会えた。
あまりの嬉しさにこの内より出たのだ・・この妙音をもっと聴いていたい。時々はこれを奏して我を慰めてくれぬか。
正に・・・その者が奏でる音に巡り逢う為に我は長い時を今迄待ったのだ。」

その人影の姿は一見、男とも女とも判別が付き難い程に何処か艶めいて、柔らかく微笑む貌はあでやかですらあった。

「・・私如きの拙い手で宜しければ、何時でもこの琵琶を奏で、あなたをお慰めする事が叶えば幸いです。」

博雅がふわりと微笑む。
それに安堵したかの様に、その人影の姿は徐徐に薄れていった。

「そう・・・今ひとつ。この琵琶は我の魂魄が宿りし故に、人の欲をそのまま映す事もある。弾き手の心に琵琶が感応してその心をそのまま奏者の身に映すのだ・・・」

その言葉に、晴明はある事柄に得心がいった。
夜毎、琵琶を弾きながら官能に溺れる博雅。
あれは、式部卿宮の思念が入り込んだ琵琶が媒体となって博雅に官能を味わわせていたのだ。

それからも博雅はその琵琶を携えて度々式部卿宮の許に赴き、心ゆくまでそれを奏でた。
宮の前で奏でるその琵琶の音色は心に染み入る様に、静かで穏やかだった。まるで宮を癒す如く。

だが、晴明の前で奏でる音は、時に激しく、時に艶やかで、そのまま晴明との官能に溺れる事が多々あった。
音色がそれを望む如く。


                       了