凍てつく夜に冴えたる星の煌き
凍夜。
そんな表現が相応しい程に冴えた冷たい空気が肌を刺す。
博雅がはあっと吐く息も白く湯気の様に顔の周りに漂う。
それでも、これから向かう先を思うと凍て付く程の寒さはあまり気にならない。
ふと、何気なく空を見上げた。
墨を流した様な漆黒の空に冴えた星の煌き。
冬の凍て付く大気の中だからこそ星は一層その存在を示すかのように輝きを増す。
そんな数多の星の群れに在って一際存在を知らしめる星。
冬の三ツ星。
この時期にのみ現れる、巨大な臼の真ん中に三つ並んで際立った輝きを見せる。
その隣には北斗七星。
更にその北。
どんな時にも決してその位置も輝きも揺らぐ事が無い唯一つの星。
北辰。
博雅はこの時期、その星達を眺めるのが好きだった。
「博雅、何時まで呆けて空を見ている。風邪を引くぞ」
不意に耳元に友の、些か苦笑混じりの声が響く。
「晴明か。今行く。」
博雅は戻り橋の手前で立ち止まっていたのだった。
今度は些か足を速めて戻り橋を渡り、友の邸に辿り着く。
式に案内された部屋は温かく、よく見ると火桶が幾つも置かれていた。 そこで晴明は苦笑を浮かべながら、こんな寒い夜に態々徒でやって来た友を出迎える。
「寒かったろう、さあ、火桶の傍へ。こんなに冷えておるではないか・・・」
博雅の手を取って火桶の傍に誘い、腰を落ち着けると、冷たくなって指先が赤くなってしまったその手を包み込んで擦る。
「何もこんな夜にまで徒で来る事はなかったのではないか。せめて車を使え。」
「いいのだ。こんな夜に歩いてみるのもそう悪くはないぞ。特に、空を見上げると星がな、一層きらきらと輝いているからな。おれはそれを見る事が出来るこの時期は嫌いではないぞ。」
「やれやれ。そんな処がおまえらしいな。おまえから一人歩きを取り上げるのはどうやら出来そうにないな・・・」
と、ふわりと博雅の目前に白が舞い、気が付くと晴明に抱きこまれていた。
「晴明・・・」
「暫くこうしていよう。こうすれば少しはましであろう?何なら、直に温めてやってもよいが・・・」
耳元で囁かれるその言葉の意味に、途端に博雅の頬が火桶の所為ばかりではなく真っ赤になる。
「ばか。」
それでも、自分を抱き締める愛しい男の背に、おずおずと手を廻していった。
「んん・・、んふっ・・・」
密やかな、何処か掠れた甘い響きがひっそりと漏れる。
邸の奥。御簾と幾重もの几帳で囲まれた褥で秘めやかな逢瀬が交わされていた。
胡坐をかいた晴明の膝の上に博雅が跨り、淫らに腰を揺らす。
その躯の奥深く、秘めた菊座に男の逞しいものを受け入れ、熱い吐息と甘い聲をしきりに漏らしていた。
「あ、ああ・・せいめえ、・・・」
「博雅・・・ああ、悦いぞ・・・」
「あん!あ、ああっ・・・」
晴明が博雅の腰を掴み、不意に強く下から突き上げた。
「ああっ!!」
鋭い快感に博雅は堪らず、晴明の首にしがみ付く。
晴明はそのまま、博雅の尻を掴んで繋がった箇所を更に広げさせ、容赦なく突き上げをひたすら続ける。
「ああん!あ、ああっ、あ、あっっ!!」
強い快楽に悶え、開かれたままの唇からしきりに甘い喘ぎを漏らしながらも、その腰は晴明の動きに合わせる様に淫らに揺れ、より悦楽を貪ろうとしている様である。
「ああ、博雅・・・」
それから暫く、秘めた寝所から甘い聲と濃密な気配は途絶える事が無かった・・・
濃厚な情事の余韻が未だ色濃く残る褥の中、晴明と博雅は気怠い躯を寄り添いながら横たわらせていた。
うとうとと微睡んでいる博雅を晴明は優しく見詰め、その解かれた髪をしなやかな指で梳き、戯れに指に絡めてみたりする。
「ん・・・」
と、博雅が瞼を震わせて身動ぎ、晴明に甘える様に躯を摺り寄せる。
「ああ博雅、すまぬ、起こしたか。」
「いや、・・・」
博雅がゆっくりと目を開けて晴明を認めると、にっこり微笑む。
「星がな・・・」
「うん?何だ、博雅。」
「此処に来る迄に見た冬の三つ星があまりに美しくてな、それを眺めている内に不意におまえを思い出した。」
「ほう?何故だ。」
「あの星は美しく、一際大きく、空に輝いておろう?歩いていても、ふと見上げると其処に変わらず輝いて在る。それを見るとおれは安堵するのだ。こちらでよい、大丈夫。
そんな気分でおまえの邸に着くと、おまえは何時もおれを待っててくれている。いつもの場所で、或いは違う部屋ではあっても、変わらず何時もおれを待ってくれている。
だから、おれにはあの星とおまえが自然と重なってな。どちらもおれを安心させてくれるのだよ。」
「それは光栄な事だな・・・おれをあの三つ星と重ねて見るとは。」
晴明が柔らかく微笑み、更に博雅の躯を優しく抱き締めた。
「おれにはな、おまえこそが北辰と同じに見える。揺らぐ事の無い、唯一の星。それと同じに、おまえは変わらぬ。その優しい心根も、おれに向けてくれるその笑顔も。
おれに取ってはおまえこそが唯一つの輝き、そして安らぎだ。」
「晴明・・・」
博雅が感極まった様に、瞳を潤ませて晴明を見詰める。
晴明は、優しくその唇に口付けた。
そしてまた、寝所には甘やかな気配が漂い始める。
星と星が寄り添って星宿を形作る様に、秘めた恋人達もまた、心を寄り添わせ、肌を重ねていく。
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