萌芽


ざあ・・、と波の音が聴こえる。
目前には、眩しい陽光を受けて、水面が煌く青さを乗せた海。
絶え間なく続く、寄せては返す波を眺めている様な、いない様な表情で、花道はぼんやりと砂浜に腰を下ろしていた。
まだリハビリには時間がある。それまで別にする事もないので、なんとなく、このセンターに程近い海岸に出向いてはぼんやりと時間を過ごしていた。
と、何かを思い出したのか、花道の眉根が少し寄る。

昨日、大体この時間位にキツネヤローが来た。
と言っても、どうやら見舞いなどという殊勝な目的ではなかったのか、わざわざこの砂浜にロードワークに来て、自分の目の前でジャージの中に着ていた全日本ジュニアのユニフォームを見せつけやがった。
嫌がらせのつもりかキツネめ。

まあ、確かに、あのキツネが花束持って見舞いなんて死んでも想像できん。
無言で自分を挑発するのがキツネルカワらしい。

と、砂を踏む微かな音が不意に耳に届いた。
振り返ってみると、そこには自分が想像したキツネこと流川の姿は無く、なんとも意外に思える人物の姿が。

「どうだ?調子は。」
「・・・じい?」

それは、高校生らしからぬ、随分と大人びた容貌と(花道はOBとまで言った)浅黒い肌を持つ、帝王こと王者、海南の主将、牧の姿があった。

「じい、今日は一人なんか?海南はこっからそう近くもねーだろ?」
「実は俺も全日本の合宿に参加していてな。合宿所は割と此処から近いんだ。」

牧の言葉に、花道はああ、だからか。と納得した。
ほぼ毎日の様にロードワークに此処を通る流川の姿を思い浮かべた。

「・・ルカワもな、この砂浜をほぼ毎日走ってくんだぜ。案外ヒマ人だよな、アイツ。」

にかっと笑う花道の顔を眺めて、牧は意外そうに瞬きをした。

(流川が毎日ここに?確かに、ここ最近、自主練と称して合宿所を抜け出してはいたらしいが・・それ以外にも練習メニューは盛り沢山なんだがな・・。)

だが、牧はそれは口には出さず、「見舞いだ。」と言って、片手に下げていた箱を花道に差し出した。

「お?じいにしちゃ気が利くじゃねーか。ありがとな!」

それを嬉しそうに受け取り、にぱ、と正に日が射したような全開の笑顔を向けた。
思わず牧はその笑顔に見入った。
本当に、なんて顔で笑うのだろう。

この男は、心を隠すという事が無い。
自分の気持ちそのままに、くるくる表情を変える。

あの時もそうだった。と、不意に初めて試合した時の事を思い出した。
IH予選で湘北と当たった時、自分の属する海南は湘北に勝利した。
しかし、それは僅差での勝利っだった。
この目の前の男、桜木花道がいなかったら、自分達はもっと楽に勝利していたかも知れない、とまで牧は思った。
試合が終わった時、桜木は立ち尽くしていた。
ただ、立ち尽くして、微かに体を震わせ・・・
傍に寄った赤木が桜木の頭に手を置き、何かを言った。
何となく、そちらを振り返り、直後に「泣くな」と聞こえた。

桜木は、泣いていた。
悔しそうに、ぎゅっと閉じた瞼からは涙が後から後から溢れ出て、歯を食いしばって・・・
声も立てずに、泣いていた。

その姿に驚かされた。
あまりに素直に、心を隠す事をしないこの男のそんな姿に。

その時から、興味を持った。
もっとこの男を見たい、と思った。


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