細い一本の糸
土御門の晴明の邸の一室に博雅は居た。疲れ果て、起き上がる気力も無い。その手首には縄目の跡が痛々しく残っている。
博雅を散々蹂躙した晴明は、その手首に優しく接吻け、躯を抱え起こす。
「博雅、躯を清めるか?起き上がれまいからおれが連れていってやろう。」
博雅は軽く晴明を睨めつける。彼の手首を拘束して柱に括り付け、その躯を思う様、弄ったのだ、この男は。
すると、躯がひょいと抱え上げられた。
晴明が博雅を横抱きにして湯浴みへと連れていく。博雅は大人しくその腕に納まっていた。
湯殿に着くと、博雅に単衣を羽織らせ、自らも単衣一枚になり、博雅を壁に寄り掛からせ、傍に座ってじっくり汗をかいていく。
博雅は疲れからか、目を閉じ、何時しか眠りに入っていった。
「博雅…」
晴明はゆっくり博雅に近付き、その唇にそっと接吻る。
「ん…」
博雅が微かに身じろぎ、晴明が静かに身を引く。
触れた頬や肌が汗でしっとりと湿っている。晴明は湯桶に湯を満たし、静かに博雅の躯に注ぐ。
湯に濡れた単衣が肌に張りつき、透けて乳首やしなやかな躯の線、股間の淡い茂みまで浮き出される。
晴明の口元になんとも淫靡な笑みが浮かび、その白い手を躯に這わせる。
悪戯をするように指で片方の乳首を捏ね、もう片方を布越しに舌で触れ、執拗に舐め回す。
「んっ…」
むず痒いような、もどかしい感覚に博雅が息を漏らした。
それを聴いて、晴明は空いた片方の手を博雅の股間に忍ばせる。
直接にではなく布越しに茂みを撫で、その中心を柔らかく握り、擦る。
「んんっ…」
下肢を襲う感覚に博雅は耐え切れず声を漏らし、うっすらと目を開ける。
「せい…めい?」
ぼんやりと、夢現つのような状態で晴明を見上げる。
「目を醒ましたか。ふふ、もっと楽しませてやる故、起きているがよい。」
晴明の笑みは何とも淫靡で、だが、その淡い瞳は底知れぬ光を放つ。
猫の目に似ている…ぼんやりと博雅は思った。
獲物を前にして舌なめずりをする猫の瞳に。
「あっっ…!」
突然、博雅が声を上げた。晴明が博雅の中心を握り込んだ為だった。
「やっ…もう、嫌だ!やめてく、れ、せい、めい…」
下肢を襲う感覚に堪えながら、晴明に哀願する。
「ふふ、まだ足りぬであろう?夜は長い。まだこれからぞ…」
言いながら、強弱をつけて博雅の中心を擦り、時折袋にも手を延ばして揉みしだいてやる。
「いやっ…あ、ああっんっ!」
つい先刻まで弄られていた躯は火が付くのが早く、たちまち躯は火照り、次第に与えられる快感に素直に従って声に艶が混じる。
「博雅…それでよい。」
博雅の単衣は濡れてその下の肌が透けて見え、乳首は既に紅く立ち上がって触れられるのを待ちわびている。
更に下の陰茎も晴明の手によって屹立し、その先端からは雫が溢れていた。
その博雅の表情は何時しか恍惚としたものに変わり、晴明が手を動かすつど、喘ぐ聲が肉厚の唇から漏れる。
もっとその聲が聴きたくて、胸に唇を寄せ、ぴちゃりと舌を出して布越しに乳首を舐め上げる。
「やあっ!直に舐めて…」
「くくく…可愛いな、博雅は…」
博雅の理性は既に吹き飛び、ただ快楽を追う本能のみが支配している。
その望み通りに、単衣をはだけて胸を晒し、固くしこった乳首を口に含む。
「ああ…」
博雅は熱い吐息を漏らし、晴明の頭を引き寄せて更に乳首に押しつける。晴明は薄く笑うと、乳を吸うかのようにきつく吸い上げ、舌先で突いては乳頭ごと舐め回したりする。
「あ…ああっ…」
博雅が悦に入った聲を上げ、背を仰け反らせた。
晴明がかしりと突起を歯を立てて噛んでみると、更に高い嬌声が漏れた。
「あんっ…もっ、と…」
博雅がねだる通りに乳首を噛んでは舐め回し、手は股間に忍び込み、そそり立つ陰茎を扱き上げている。
博雅の呼吸が早くなり、聲も切羽詰まってきていた。
「せい、めい…も、う…」
「まだだ、まだ許さぬ。」
そう言って、震える陰茎の根元を締め付け、唇に含んで舐め回した。
「いやっ…!い、かせてぇっ…も、うやだぁ…」
博雅は泣きながら頭を振り、必死に晴明に哀願する。
「仕方ないな…」
晴明が根元から指を離し、先端を強く吸い上げてやる。
「あ、あああっっ…」
途端に博雅の躯が痙攣し、勢いよく精を撒き散らした。
晴明が、その放たれた精を呑み込み、ぺろりと唇を舐めた。
「博雅…場所を変えるか。存分に可愛いがってやる故な。」
言いながら単衣を脱がせ、その躯を清めていった。
奥にも手を延ばし、中のモノを掻き出す。
「あっ、んんっ…」
それだけでも博雅の躯は震え、晴明に縋り付く。
「ふふ…感じておるのだな。もう少し堪えていろ。」
晴明が自分が放ったモノを掻き出し、湯を掛けて全身を清めると、博雅はぐったりと壁に寄り掛かっていた。
その躯を横抱きにして湯殿を出て、寝所に向かう。そこは既に後始末がされ、式神が控えていた。
晴明が床に寄ると、式神が床に乾いた単衣を敷いて下がった。
その上に博雅を横たえ、単衣で躯の水分を拭き取る。
時折、悪戯をするように乳首を掠め、わざと乳頭の周りを旋回させる。
「んっ…!」
博雅の躯がぴくりと震えた。晴明はそのまま突起を押し潰すようにしたり、優しく撫でたりと刺激を与え続ける。
「あっ、ん!あっあ…」
博雅の嬌声を聴きながら更に下肢に手を延ばし、単衣の端で陰茎に触れた。
「や、だっ…!」
博雅が怯えたように晴明の袖に縋った。
「怯えるな…悦くしてやろうというのだ。」
そして、愛撫を再開する。
いつもの指や舌とは異なる布のかさついた感触が更に刺激を与え、博雅のものは震えて体積を増し、先端からは雫が溢れ続ける。
「あ、やあっ…ん、ああ…んっ」
博雅の紅く濡れた唇からは絶えず甘い嬌声が漏れ、知らず腰を突き出して更なる愛撫をねだる。
晴明は、それに応える様に布で陰茎を包み込んで上下に扱き、片方の手で睾丸を柔々と揉みしだく。
「ああっ!は、あっ…ん、あっ…」
博雅の躯がびくびくと震え、聲も切羽詰まり、そろそろ限界が近い。
晴明は手を外すと、顔を寄せてちろりと舌を出して先端を舐め、かしりと歯を立てる。
「あっ!や、あああっっ!!」
刺激に堪え切れず、博雅は腰を突き出してしとどに精を吐き出した。
晴明はそれを全て受け止め、ごくりと音を立てて飲み干す。
そして、解放の余韻に荒く息を吐く博雅の眼前に自らの腰を突き出した。
「博雅・・・おまえの欲しいものをくれてやろう。さあ、おまえがこれを昂めるのだ。」
博雅はおずおずと身を起こし、突き出された晴明の既にそそり立ったものに顔を近付け、舌を出してちろり、と舐めた。
そうすると、恍惚とした気分になり、いつか、夢中でそれをしゃぶり、舌を絡ませ、愛撫を施していた。
それを眺める晴明の表情は恍惚としたものになり、博雅の愛撫に合わせる様に腰を突き出し、博雅の頭を抱えて股間に押し付ける。
室内にぴちゃ、ずる、という卑猥な水音と荒い息使いが微かに響く。
それだけに、より濃厚で淫猥な空気が辺りを包み込むようだった。
「ああ・・・あ、いや、あっ・・・」
下肢の辺りから濡れた音が響く度、博雅の背が撓り、甘い聲が漏れる。
博雅の秘めた箇所には晴明の頭。
奥まった、熟れて爛れたように紅い秘蕾を晴明の舌が這い回っていた。
充分に潤びた蕾に細い指を潜り込ませると、ぬぷ、と水音と共にずぶずぶと引き込むようである。
「ああ・・・、んん・・・」
それだけで博雅の躯は歓喜に震え、艶かしく腰をくねらせる。
晴明の顔が喜悦に歪む。
愛しいひと。愛しい躯。すべて、只、自分だけのもの・・・
晴明は、些か余裕のない手付きで自らの単を肌蹴、いきり立ったものを取り出すと、
博雅の既に蜜壷のような蕾にぬぐ・・・と咥え込ませた。
「あっ、ああっっ・・・!」
博雅の背がしなやかに仰け反る。
不意に、晴明が身体を起こした。
そのまま、博雅の躯を抱え、向かい合わせに座らせた形を取る。
「ああ・・・っっ!!」
自らの重みで体内に咥え込んでいるものが、より、ずぶずぶと奥深くまで呑み込まれていく。
「あああっ・・・」
衝撃に博雅の躯が強張る。
晴明はそのまま両手を博雅の白い双丘に伸ばし、持ち上げる様に掴んで下から突き上げる。
「い、やあっ!!」
「嫌・・・ではないだろう?自分でも動いてみよ・・・」
晴明の細い指が博雅の尻をさわさわと撫で、その感触を楽しむ。
だが、再び博雅を突き上げる動きは見せない。
晴明のものを奥深く咥え込んだまま、それ以上の刺激を与えてもらえず、博雅の躯が焦れてもどかしげにくねる。
「さあ・・・博雅。このままでは辛いだけだぞ。」
「あ・・・うっ・・・」
もどかしさに涙を浮かべながらも、腕を晴明の腕に伸ばし、ゆっくりと腰を持ち上げ、降ろす。
「ああ・・・」
楔の先端が内部の悦楽点を掠め、博雅の背が仰け反る。
それに触発された様に腰の動きが次第に早さを増していく。
「ああっ!や、あああっっ!!」
自ら腰を動かして男を咥え込み、悦を貪る博雅の姿は、この上なく淫らでありながら汚れを感じさせず、美しい。
寄せられた眉、固く閉じられた瞼。
聲を上げ続ける、開かれた唇から絶えず垂れ流される甘い蜜。
白い肌は薄らと上気して花の色に染まり、流れる汗が淫らに彩る。
もはや晴明にも余裕が無かった。
博雅の脚を掴んで更に外側に広げさせ、より深く己のものを咥え込ませながら、自らも律動を再開する。
「ああっ!!せ、せいめいっ、いっやあああっっ!!」
高く甘い聲と荒い息遣い。
ぐちゅ、ぬぽ、と淫らがましい濡れた音。獣の如く貪りあう二人の前に、式が姿を現す。
「晴明様・・・お客人がお見えになりました。賀茂保憲様でございます。」
晴明の唇が歪んだ笑みを形作った。
「こちらにお通しせよ・・・」
式に案内された保憲は不審な思いを拭えなかった。
案内されたのは寝殿だったからだ。
寝殿であれば、主の寝室が在る所。何故・・・?
ある一室、御簾が下ろされた部屋に入るように式が促す。
保憲が御簾を潜って中に足を踏み入れると、途端に人の気配とその聲、音が急に耳に届く。
高く甘い響きの・・・明らかな嬌声。
部屋の奥には几帳が巡らされ、そこに人影が写る。
激しく乱れ、蠢く、睦み合う二人の影・・・
不意に几帳がすっと除けられ、目前に獣さながらに睦み合う晴明と博雅の姿が曝される。
そして、荒い息遣い、濡れた水音と肌のぶつかる音。
情事を表すすべてのもの。
保憲が部屋に入った事を悟った晴明が、行為に夢中になっている博雅の耳に囁く。
「博雅・・・目を開けてそちらを見てみろ。」
博雅の意識は半ば朦朧としていて、囁かれた言葉の意味を把握出来ないままに、言われた通りに薄らと目を開いて示された方を見遣る。
視覚に入った像が形を結んでそれが何であるかを認識するのに数秒かかる。
其処には部屋の入り口に立ち竦む、保憲の姿。
「い・・・や!いやっっ!!見ないで・・・っっ!!」
博雅が叫び、己の躯を保憲から隠そうとするが、晴明は許さず、博雅の腰を掴んで躯の位置を変えた。
「やあっっ!!」
こちらを見る保憲と正面から向き合う形になり、穿たれた箇所が露わになる。
保憲はそれから目を逸らせないでいた。
嫌がって抵抗する博雅の腕を押さえ付け、更に腿に両手を掛けて繋がった処を見せ付けるように大きく開く。
「いやっ!!やだ、晴明っっ」
博雅の瞳は涙で濡れ、悲痛な叫びを唇から漏らす。
嫌がって身を捩って抵抗を示す博雅の躯を更に持ち上げ、下から突き刺し、ただ彼を犯し続ける。
博雅の、寄せられた眉、固く閉じられた瞳から絶えず零れ続ける大粒の涙。
薄紅く上気した頬を伝う汗。
胸の中心で一際紅く色付き、固く勃ち上がった蕾。
そして、広げられた両脚の間で息衝く、反り返り、蜜を噴き零す陰茎。
その下の、晴明の欲望を呑み込み、動く度に水音を響かせ、紅い肉壁が捲れ上がる最奥の蕾・・・
全てが情欲を刺激する。
見たくはないのに目を逸らせず、生唾を飲み込み、知らず体が震える。
だが、保憲が感じていたのは情欲だけではなかった。
晴明が博雅を無理矢理犯す姿はこの上なく淫らがましいのに、何故か、痛ましさを感じる。
このような形でしか自らの想いを示せない。
ただ、いとおしいひとをがむしゃらに求める以外、術を知らぬように・・・
その間にも、二人の行為はいよいよ激しさを増し、博雅の泣き叫ぶ聲にも切迫が感じられるようになる。
「いやっ!や、せいめいっ、や、あっ・・・」
「博雅・・・」
晴明の片手が博雅の陰茎に絡まり、強く扱き上げる。
「ああっ・・・あ、や、あ、ああっっ!!」
下肢を責める過ぎた快楽に躯は蕩け、意志とは裏腹に高処へ上り詰めていく。
「博雅・・・博雅・・・」
「あっあっ、あああっっ」
晴明が熱く囁く。
手の動きと突き上げる律動が早さと激しさを増し、博雅はただ、翻弄される。
晴明が瞬間、一際強く内を抉り、博雅のものの先端を爪でぐりっとくじる。
「やっ!あ、あああーーっっ!!」
限界寸前だった博雅は堪え切れず、躯をびくんと反らせ、晴明の手の中で欲を解放する。
その瞬間、内部が一際ぎゅる・・と締まり、晴明のものを圧迫する。
晴明も低く呻き、博雅の内に欲望を叩き付けた。
「あ・・・あ・・」
博雅はその衝撃に躯を痙攣させていたが、やがて力が緩み、ふ・・と目を閉じて晴明に凭れかかる。
あまりの快楽に気を飛ばしてしまっていた。
「博雅・・・」
晴明が優しく囁く。先程までの激しさが嘘のように。
優しく、穏やかに、限りない愛しさを込めてその身を抱く。
何時の間にか式が傍らに控えていた。
その式に博雅の身を清めて新しい褥に寝かせるように指示すると、保憲を誘って部屋を出る。
隣の部屋に保憲を案内し、晴明は身を清めて部屋に待つ保憲と向かい合って座する。
保憲が沈黙している様を眺め、晴明がふ・・と自嘲気味に呟く。
「さぞかし呆れられた事でしょう・・・あのような浅ましい姿をわざと貴方に見せるこの私を・・」
「いや・・・おまえに呆れたのではない。おれも目を離せなかったのだから結局おまえと大差ない。そんなおれに何が言える?」
晴明はちらと保憲を見遣り、
「あなたに見せつけたかったのです。私に抱かれて悦ぶ博雅の姿を。けれど・・・そうすればする程、虚しさばかりが募るのです。どう足掻いても、どのような事をしても、それは博雅を己のものにする事にはならない。
どうすれば博雅を自分のものに出来るのか・・・私はそればかりを考えている。」
「晴明・・・人とはそういうものだ。人を愛すればそれだけ心が弱くなる事もある・・」
「そう・・・解っているつもりでした。ですが・・実際には私の心はひどく脆い。私の心は細い一本の糸のようなものです。博雅を愛する程、糸は削られて細くなり、いつかは切れてしまうものだと。
その糸が切れた時・・・私は己を保っていられないでしょう・・」
そう、呟くように語る晴明の姿はどこか儚げですらあった。
「その糸が切れずにあるからこそ、おまえは自分を保っていると云うのか?それならば・・・その糸は博雅様自身でもあるのではないのか。」
その言葉に晴明の目が見開かれ、保憲の顔を正面から見据えると、保憲が穏やかに、だが、真摯な眼差しで晴明を見据えていた。
「博雅様がいなければ、おまえはとうに心の糸を断ち切り、或いは人でなくなっていたやも知れぬ。
博雅様という糸がおまえを人に繋ぎとめているのだ・・」
保憲が帰った後、晴明が寝所に戻ると、博雅が気付いたらしく、薄目を開けて横たわっていた。
「博雅・・気付いたか。」
「ああ・・」
応える声はひどく掠れていて、晴明は式に水を用意させ、それを口に含んで口移しで与えた。
「ん・・・」
こくん、と一度飲み干すと、もっと、とねだるように口が開き、晴明は水が無くなるまで何度も口移しで与え続けた。
少し落ち着いたらしい博雅が細く息を吐き、再び褥に身を横たえる。
それを見ていた晴明は、暫く迷うようだったが、思い切ったように言葉を紡ぎだした。
「博雅、おれを詰らぬのか?おまえにあのような恥辱を与えたおれを恨まぬのか?おまえを苦しめるばかりのこのおれを・・・」
博雅は、じっとその言葉を聞いていたが、ゆるくかぶりを振る。
「確かに・・おまえがおれにした事は普通であれば許し難いし、恨みもするのだろう。だが、おれはそんな気にはなれぬのだ・・・」
晴明を見上げる博雅の瞳は蔭りがなく、まっすぐに晴明を見据えている。
それでありながら、慈しむような光も宿しているようだった。
「おまえは、おれを無理矢理抱きながらも、どこか辛そうだから・・・」
青褪めた顔で博雅が儚げに微笑む。
その笑顔に無性に愛しさが募り、晴明は博雅を強く抱き締めた。
保憲様、貴方が正しかった・・・博雅はおれを人の心に繋ぎとめてくれる。
自分の心は蜘蛛の糸のようだと思っていた。
それは、少しの風にも揺れ、手を伸ばせば容易く切れてしまう、脆いものだと思っていたからだったが・・・
蜘蛛が紡いだ、自らを繋ぐ糸は揺れながら、その実、容易く切れたりはしない。
しっかりと蜘蛛自身を繋ぎとめていた・・・
「博雅・・・おまえこそがおれを繋ぎとめる、透明な唯一本の糸だ・・・」
博雅が嬉しそうに笑い、晴明の背にゆっくり腕を廻した。
了