春の彩と秋の彩  はるのいろとあきのいろ


博雅は何時もの様に友の邸に徒で向かう。

着いた先、いつもそこでささやかな酒宴を交わす濡れ縁には既に、此処の主が寛いだ姿で友を待っていた。
その膝元には円座が敷かれ、酒肴の支度がされていた。
傍に侍るのは、見慣れぬ姿の女の式。
思わず目を引くのは、その姿が持つ色だった。
その長く豊かな髪が、実に目に鮮やかな紅の色を備えていた。
こんな色の髪は初めて目にする。

「どうした、博雅。そこで呆けていないでこちらに座れよ。ほら、播磨の酒だぞ。」
「あ、ああ、すまぬ。ほう、播磨の酒か。」

旨い酒には目が無い博雅が、にこにこと微笑みながら円座に腰を下ろす。
盃を手にすると、つ、と式が傍に侍り、それに酒を満たす。
それを一口、口に含んでから改めてその式を見遣る。
目に鮮やかな紅い髪をしているばかりでなく、よくよく見るとその瞳も黒くはなく、これも鮮やかな・・金色とも言うべき色だった。
思わず博雅はまじまじと見入ってしまう。
初めて目にするその彩。この国にいる限り、こんな色を持つ人には目にかかる事はあるまいと思われた。

「はは、博雅、その式が珍しいか。」
「あ、ああ、すまぬ。あまりに鮮やかな色なのでな・・・」
「ふふ。それがそのような色をしているのはな、ほれ、其処に桜があるだろう?その桜の精なのだよ、これは。」
「おお、見事に咲いておるなあ。」

言われて、晴明が扇で指し示された方を見遣ると、さして大きくもない小振りな姿ではあるが、全ての
枝先を薄紅に曇らせたような、今を盛りとその咲き匂うその誇らしげな桜の樹の姿。

「此花の時季は陽が極まる時季。紅は陽が極まる色なのだ。ために、その式も紅い髪を持つのさ。ちなみに、名を佐保と付けた。」
「佐保とは春の女神の佐保媛か。成る程、此花の式に相応しい名であるな。」

よくよく見れば、その桜の式、佐保が纏う衣も紅から徐徐に淡くなり、単は白の襲である。
表着の紅と単の白が紅い髪に馴染むようでもあり、それが奇妙に映える。
衣自体が紅と白の重なりで、全体に薄紅を纏っているようでもあり、正に桜の精に相応しいとも思えた。
ほう、と溜息を吐く博雅を眺めて晴明がにやり、と笑う。

「この佐保には実は想い合うものがいてな。それ、佐保の桜の傍に楓の樹があろう?」
「おお、言われてみれば・・・」

晴明が指差した方を見遣ると、件の桜の傍らに、ひっそりと、寄り添う様に、今は青々とした若葉を茂らせた楓の樹が在った。
春の柔らかな陽の光を受けた、瑞々しい萌黄の若葉が美しい。

「あの楓に宿るものがこの佐保の想い者なのか?」
「そうだ。その楓は男の姿を取るのだが、名を竜田と付けた。」
「竜田とは、秋の女神のことではないのか?」
「そうだ。本来なら女神の名ではあるが、まあ、秋に関わるものとして、こじつけみたいなものだからな。こちらは髪も目も黒い、色白の美男だ。」
「ほう、見てみたいものだな。だが、桜の精と楓の精ではお互いを目にする事が出来ないのではないのか?」
「確かにな。だから、この二人はそれぞれ、花と紅葉が終わった後に、眠りに付く。その夢の中で逢うのだ。」
「夢で・・・?」
「そう。花が終わる夏に、楓が葉を落とす冬に、佐保と竜田は夢で逢瀬を繰り返す。それ以外は片方が起き、片方が眠りに付いているからな。」
「夢でしか逢えぬ、か。何やら切ないな。おれなら夢だけでなく、現でも逢いたい。その姿を見たい。その声を聴きたい。その身に触れたい・・・」

知らず、博雅の瞳が晴明を見詰めていた。
その瞳に見詰められるだけで、博雅の想いが伝わる。
不意に、たまらない想いに囚われる。
どうしようもなく、目の前の博雅がいとおしく想える。

ふわり、と晴明が動いた。
博雅が気付いた時には、晴明の白い狩衣の袖の中に優しく包み込まれていた。

「やれやれ・・そんな目で見詰められたら堪らぬ・・・愛しい博雅、では、我等はこれより現での逢瀬を心ゆくまで味わうとしようか。その姿で、その声で・・・」
「晴明・・・まだ酒が・・ん、・・」
「後でゆるりと酒は愉しむとしよう。今は、おまえを味わいたい・・・」
「ばか・・・」

晴明の接吻を受けながら、いつか、博雅はその腕をしなやかに男の首に絡めていた。
晴明はその腕の中の体を意抱き上げ、閨へと歩を進めた。

散々にその身を翻弄され、男の腕の中で甘く啼き続け、精も魂も尽き果てて、博雅は睦み合いに疲れたその身を休める。
夢を見た。

其処は、えもいわれぬ美しい処だった。
桜の花が枝という枝に、たわわに実る様に花を咲かせ、その下にあの佐保が佇んでいた。
その向かいにこれもまた、その葉という葉を鮮やかに濃き紅に染め上げた楓の樹が在った。
その下に、これは竜田であろうか。一人の男が佇んでいた。
こちらは、髪と目が漆黒の、涼やかな風貌の美しい男だった。
白皙の肌と切れ長の瞳が、何処か晴明を思わせる。
その美しい二人が徐徐に近付き、そっと寄り添う。
桜と楓がそれぞれに美しく花開き、鮮やかに葉を彩る中、紅い髪に紅の薄様の襲の女と、涼やかな黒い瞳に、表が萌黄、裏が黄の、黄紅葉の襲の狩衣の男が並ぶ様は、絵巻物の一場の様に美しい情景だった。

そこで、目が覚めた。
気付くと、自分の体は温かい腕の中に包まれていた。
素肌が触れ合う温もりが心地よく、もう少し微睡んでいたかったが、晴明の手が優しく、己の頬にそっと触れたので、少しはにかむようにゆっくりと瞼を開いた。

「おはよう、晴明。」
「おや、目が覚めたか。もう少し寝ていてもよいのだぞ。無理をさせたろうからな。」

その言葉に博雅の頬がほんのり染まるが、ふわりと柔らかく微笑む。

「いいのだ。今はとても気分がよい。おまえが優しく触れるので、それが心地よい。それに、美しい夢を見た。」
「どんな夢だ?」
「あの、佐保と竜田、二人の夢だ。桜が花開き、楓が鮮やかに葉を染めている中、あの二人が逢っていた。とても美しい眺めだったよ。」

博雅はその夢を思い出しているのか、うっとりと夢見るように呟く。
晴明は、そんな博雅をそっと抱き締めた。

「おまえは現には叶わぬ二人の逢瀬を見たいと思ったのだろう。或いは、二人の夢を感じておまえも見たのかもな。よいものを観たな。」
「うん。あれは、夢の中だからこそあんなに美しいものだったのかな。それを思うと、少し哀しい気もするが・・・」

晴明は不意に博雅をぎゅ、と抱き締める。

「晴明?」
「・・秋になったら、あの楓が色付く頃、高雄にゆこう。其処にはあの竜田も連れていこう。竜田も、高雄の色付く山も、きっとおまえの気に入る。清滝川の畔の木々は皆一様に葉が色付き、川の中にも錦の様に色付いた葉が落ちて、流れていくのだろう。おまえに見せてやりたい。おまえの喜ぶ顔が見たい・・・」
「晴明・・・」

博雅は、己を抱き締める男の背に、きゅ、と手を廻して抱きついた。

「うん。今から楽しみだな。でも、晴明、おまえが一緒だからおれは嬉しいのだ。おまえの白く美しい姿はきっと、艶やかな紅葉の中に在って一際映えるのだろう。おれは、そんなおまえを眺めながら笛を吹こうよ。色付く木々がやがて葉を落として、空から雪が舞い落ちて辺りを白く染め上げる頃も、その雪が溶けてまた色々な花が咲揃って、佐保が美しい花と共に姿を見せてくれる頃にも、その花が散り、鮮やかな緑に変わる頃にも、おれはおまえと共に居ようよ・・・」

博雅が黒目がちの大きな瞳を、じっと晴明に向けている。
黒い珠のような瞳が、この上なく美しく澄んでいた。

「博雅・・・」

晴明は更に目の前の愛しい身体を抱き締める・・・




                                                                         了








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