花道には秘密があった。
それも、ちょっと他人に軽い気持で口に出来ないような。
今の所、それを知っているのは幼馴染みの水戸洋平とその家族、そして花道が産まれた産婦人科の、その時担当した医師位なものである。
放課後、流川はほぼ一番乗りで部室の扉を開けた。
自分以外はHRに出ているのだろう。その分ゆっくり一人で練習出来る。しかし、例外が一人いた。
着替えてる途中に煩く登場してまた自分に言い掛かりでも付けてくるんだろう。
最近、その例外…紅い頭の桜木花道が自分にちょっかいを掛けるのを、何故だかそれ程嫌には思わない自分に、やや戸惑いを感じてもいた。
そろそろ着替えも終わろうかという頃、ちらほらと他の部員も姿を見せ始める。なのに、あの紅い頭が見えない。
花道が部活をサボるとも思えないから、その内来るだろう。
流川は、自分の感情の流れに、まだその時は気付いて
いなかった。
体調は最悪のようだ。いつもならこんな簡単に転がされる訳がない。
流川は花道のTシャツに手を掛け、それを勢い良く
捲り上げた。
そこで目にしたものに、束の間目が釘付けになる。
花道はTシャツの下にタンクトップを着ていた。問題は、その胸元だ。
いつもなら筋肉の盛り上がりしかない平らな胸が、僅かに膨らんでいる。
それは筋肉による盛り上がりではなく、丸く、柔らかさを帯びた膨らみだった。
「オメー…コレ…」
「は、離しやがれっっ」
花道が流川の下で暴れるが、更に流川はその腕を片手で
両方一纏めにして花道の頭の上に押さえつける。
そして、タンクトップに手を掛け、それをも捲り上げた。
そこに現れたものは、明らかに自分の様な男の胸では
なかった。
お椀を被せた様に丸く、柔らかそうな膨らみ。その頂点に存在する乳首までもが、自分のものとは違う。
乳首そのものが大きく、乳輪も突起も綺麗な桜色をしていた。
「…オメー、女だったんか?」
「ち、違うっ!!」
花道は必死に叫ぶ。
「でも、普段のオメーはこんなモン付けてなかったよな。トイレだって入ったトコ見たし…下はどーなんだ?」
「もう離せよ!ちくしょう、なんだよ、イキナリ人に
何すんだよっっ…!!」
花道は渾身の力を込めて暴れる。
この時期は、花道の体は特に女の部分が顕著に現れて
しまう。
体付きも変わって、こんな風に胸が膨らみ、体力までも
少し弱くなってしまう。
「な、なんでって…オレはオメーの事、好きじゃねーから…」
「…なら今すぐ好きんなれ。」
「ムリ言うんじゃねー!んな簡単に好きになんかなれっか!大体、オレが好きなのはハルコさんで…」
途端、花道は口を噤んだ。言い過ぎた、と思った。
「…どの女だ。」
「ああ?オメー知らねーのかよ。いっつも見に来てくれてんじゃねーか!三人の中で一番可愛いコがいんだろが!」
「知らねー、んな女。テメーが女が好きって抜かすんか。…このカラダで?」
言いざま、流川が花道の服に手を掛ける。
「!やめろっ」
「…まだ膨らんでんじゃねーか。こんな、女みてーな胸があるクセに、女とおんなじモン付いてんのに、女が好きって言うのか?」
「んなっ…だったら、オメーも同じじゃねーか!オレは
男のもあんだぞ?」
「オレは男だからオメーに惚れたんじゃねー。オメーだからだ。」
途端、流川が花道を押し倒した。その上に伸し掛かり、
低く呟く。
「…いっそオメーをこのまま犯してやろーか。そうすりゃオメーはオレのモンだ。他のヤツ好きだと抜かしたり、
他のヤツに取られたりしねーですむ」
「……っっふざけんな!ヒトん事バカにすんのもいい加減にしやがれ!誰がオメーの好きにさせるかよ!!」
「減らず口叩けんのも今の内だ。」
流川の眼が物騒な光を帯びている。彼の本気が分かって、花道はごくりと息を飲む。
「っっ!!」
その途端、花道の眼が見開かれた。
流川が花道のシャツを捲り上げたのだ。
「やめろっっ」
「やめねーよ。…もう遅ぇ。」
どこか静かな口調で花道を封じ、更にその下のランニングまで捲り上げる。
先程掌に感じた柔らかい膨らみが、目の前に晒された。
女にしては些か小さな膨らみだが、その頂点の乳輪は綺麗な桜色をしており、男の劣情を煽るかの如く其処に存在している。
躊躇わず、流川はそこに口を寄せ、唇に含んだ。
「んっっ」
びく、と花道の躯が仰け反る。
今迄、他人にそういう目的で触れられた事のない躯だった。
この後どうなるのか、何をされるのか、全く分からなくて、恐怖を感じる。
流川は自分を女として抱くのだろうか。こんな躯を持った所為で。
それが堪らなく悔しい。
唐突に、流川が胸から頭を離した。
その眼が驚きに見開かれ、些か戸惑う様な口調で花道に
声を掛ける。
「おい、…テメー、何泣いてんだ?」
「え…?」
言われて、花道が目元を拭うと、確かに指先に濡れた感触を感じる。
花道の顔がかっと赤く染まり、ごろりと躯の向きを変える。
恥ずかしかった。流川の前で泣くなんて。無理矢理犯られるのが怖かったから?悔しかったからか?
「…ワリー、ヒデー事した…」
流川が殊勝にも謝ってみせる。
花道はそれに一番驚いた。
「…オメーでも謝るなんてコト出来んだな。」
あんまりな花道の言い様に、流川がムッとする。
「どあほう、オレを何だと思ってやがる。…目の前で好きなヤツが泣いてんだ。しかも、オレが泣かした。謝んのは
トーゼンだろうが。」
「へえ、一応、悪いコトしたって自覚はあんのか。誤解
すんなよ、テメーが怖くて泣いたんじゃねえ。悔しかったんだ。
オレは好きでこんな躯に生まれたんじゃねーのに、テメーはオレを女として見ていやがる。女をヤるみてえにオレをヤろうとした。それが悔しかったんだ。」
「どあほう…」
「わかってんだ。こんな、半分女みてぇな体で女の子好きになったって仕方ねぇって。ただ、オレはハルコさんとどうこうなりてぇ訳じゃねぇ。憧れてんだ。そんだけなんだよ…」
「どあほう…悪かった…もうこんなコトしねー。もうオメーを泣かしたりしねー」
流川がふわり、と花道を抱き締める。それが、何故だか
嫌じゃなかった。
流川の肩に頭を乗せてみる。
さっきは自分を無理にでも犯ろうとした男なのに、流川の体温が嫌じゃなかった。
「どあほう…好きだ。本気で好きだ。オメーしかいらねー…」
流川が囁く様に「好きだ」を繰り返す。
花道は、その言葉も、流川の声も好きだ、と思った。
「もう完全に元に戻ったか、てきーてんだ。」
「元に戻った?ああ、セ、セーリが終わったかって言ってんのか。もう、痛みも出血も殆どねー…」
「なら、大丈夫か?」
「何が?」
「オメーを抱きてぇ。セックスしてーんだ。」
「んな…っっ!!!」
花道は咄嗟に二の句が告げず、口をぱくぱくさせている。
「折角両想いになれたんだ。ならオメーとセックス
してぇってのはトーゼンだろ。」
「オ、オメーっっ、だからってなあ!!は、早過ぎんだろ!ちゃ、ちゃんと段階踏んでお付き合いってするもんじゃねーんかっっ」
「キスはした。もー次に進んでいー。」
「こ、この色ボケギツネ……」
花道は頭を抱えた。両想いになった瞬間キスを奪われ、
更にはセックスしようとまで言われるなんて…
「ダメか?オメーに触りたくって仕方ねー。只でさえオレはオメーのカラダ見てんだし、それ思い出すと今も堪んねーし。」
「オメー、自分がしてえだけじゃねーんかよ!」
「…オメーんコトも気持ちよくする。優しくすっから…だから、許してほしー…」
流川が熱く真剣な眼差しで花道を真っ直ぐに見詰めてくる。
そんな風に見られると、絆されてしまいそうだった。
「う…じゃ、あ、土曜日にウチ来いよ…」
「いいんか?」
途端に流川の顔が輝きだす。
「ホ、ホントはよくねーけど…オメーに触られんの、イヤじゃねーし…オメー、ちゃんと勉強してこいよなっっ」
「勉強って?」
「バカギツネ!忘れたんか、オレは子供が出来ちまうカラダなんだぞ!ちゃんとヒニンしろってコトだっっ」
「どあほう、声デケー…」
「はっ」
そう言えば、ここは朝の部室なのだ。まだ誰も来ないとは言え、もし誰か来たら…
「分かった。ちゃんと色々用意する。だから、いーな…?」
「う…む、むう…」
真っ赤になった花道に、流川は軽くキスを送った。
それからは、二人共互いに両想いの相手という事を意識して、それらしい事をするようにもなった。
二人きりになった時にそっとキスしたり、軽く抱き合ったり。
最初は戸惑っていた花道も、少しずつそれに慣れていき、触れたり触れられたりする事が嬉しく思うようになった。
そして、土曜日を迎えた。
次の日は日曜日で休みだ。部活が終わった後、二人は並んで一緒に帰った。
流川の勧めでラーメン屋に入り、そこで食事を済ませた。