菖蒲と呪

 

前日降った五月雨も上がり、気持ち良く晴れたある日の昼下がり。

いつものように2人は酒を呑んでいた。庭には今が盛りとばかりに水際に菖蒲が白と青紫の花を咲かせている。

「菖蒲が見事に咲いておるなあ、晴明。」

 「うむ。今が盛りだからな。今年は一際見事だ。」

 その天に向かって真っすぐに伸びた茎と剣のような葉先。初夏の青空によく映える瑠璃色の花。まるで…

「あの菖蒲はお前のようだな、博雅。」

 「おれが、菖蒲のよう?何を言うのだ。」

 博雅が、訳が分からないというように、きょとんと晴明を見やる。

「あながち間違ってもいないと思うがな。菖蒲は、美しく、凛として強い。葉も茎も天に向かって真っすぐに伸びておる。だが、どこか控えめで、可憐でさえある。」

ふと、言葉を切って博雅に微笑みかけ、

 「お前そのものだと思うのだがな、博雅…」

その晴明の微笑に、博雅は恥ずかしくなって俯いてしまう。

 「ばか…そのような事、真顔で言うな。」

 そんな博雅がいとおしくて、肩に手を掛け、引き寄せた。

「怒るな。おれとて、思った事をそのまま伝えたい時もあるのだよ。」

そのまま、腕の中に抱き締めて博雅の瞳を覗き込む。

博雅の瞳が晴明を真っすぐに見つめている。深く澄んだ、吸い込まれそうな黒い瞳。

いつだって、自分はこの眼には適わない…

 そのまま、唇を寄せて口付ける。

「ん…っ…」

 舌を絡め合って、暫らくそれに酔った。唇が離れても、晴明は博雅を腕の中に抱き締めていた。博雅は、甘えたように晴明の腕の中に納まっていたが、やがて体重を預けてきた。

 「博雅…?」

 見ると、何時の間にか眼を閉じ、寝息を立てている。

 「やれやれ…」 晴明は、博雅をそっと自分の膝の上に頭を乗せて横たえた。その眼は、驚く程優しく博雅を見つめている。

「今はまだこうしているだけで充分に満たされているのだよ、博雅。今は…」

 その瞳が、ふと陰った。その内に、心が通い合うだけでは物足りなくなるのだろうか。

博雅の、その躯も魂すらも食らい尽くすように貪欲に求める日が来るのだろうか。

その時、博雅はどうなる… 最も汚したくない存在。けれど、最も欲する存在。

「それは…その時考えるとしようか。」

 膝の重みが心地よい。これだけでも今は満たされる。

博雅によって癒され、満たされる。けれどいつかは…

 その日がそう遠くない事を感じた。

 

 了