この日だけの贈り物
流川は悩んでいた。
頃は二月十三日、明日は二月十四日のバレンタイン。
今までその日は彼に取ってははた迷惑なだけのウザイ一日でしかなかった。
頼んでもいないのに教室や体育館に女子が押し掛け、自分にチョコを押し付ける。
それらを拒否する意味で自分の机に突っ伏したままひたすら眠り続けても、昼休みや放課後などの隙を狙って、机や下駄箱にチョコが溢れかえる。
部活の時など部室にまでそれが届き、体育館にもチョコを手に女子が群がる始末。
それらは全て家から持参した特大の紙袋や段ボール箱に手当たり次第押し込み、学校の焼却炉に直行させていた。
ところが今年は違った。
流川になんと恋人が出来たのだ。
バスケに高校生活の全てを捧げていたと言っていい彼にも、今漸く人生の春が訪れたようだった。
しかしその恋人も一味違っていた。
同じ部活のチームメイト、桜木花道であった。当然同性である。
しかし、恋に生きる(・・・)流川にはそれすらも何の障害にもならなかったようだ。
花道に対する恋心を自覚してから、彼は文字通りオフェンスの鬼っぷりをバスケ以外でも遺憾なく発揮した。
そんな流川の果敢な猛攻っぷりに辟易したか絆されたか、遂に花道が陥落・・もとい、付き合う事を了承した。
それからの二人の仲は、まあ、良好と言っていい。
出会った当初の頃の様な刺々しさは既に無くなり、特に、花道が背中の怪我が治って漸く部に復帰した時には、流川がそれとなく傍に付いて色々とアドバイスもする様になっていった。
その頃から、彼は花道に淡い想いを抱き始めていたのだ。
そして冬を越した今、晴れて(流川の)念願叶って恋人同士となった二人は順調に恋人同士が進むステップを次々クリアしていった。
花道も色々悩んだらしいが、流川と体の関係に至る事を了承し、それも済ませた。
以来、二人は事ある毎に花道の家に行き、普通に恋人としての甘い時間を過ごしたりもしている。
そんな二人が迎える初のバレンタイン。流川は花道にチョコなり何なり、何かを贈りたかった。
本当は花道からのチョコも欲しい。が、相手は花道だ。自分と付き合うまでは両想いになった女の子と手を繋いで登下校、という、小学生でも夢見ないだろう、可愛らしくも微笑ましい事を夢見ていた(幼稚園児扱い)。
古風で純情可憐な花道の事、いくら付き合っているとはいえ、同性の恋人にチョコを贈る、など恐らく思い付きもしないだろう。
それに、根っからのフェミニストで女の子には弱い彼には、それこそ女ばかりが群がるチョコ売り場になど近寄れもしないだろう。
なら、ここは自分が愛を込めた(・・・)プレゼントを贈る!そして、更に二人の愛を確認しあうのだ!!
その為のプレゼントは何がいいのか。そればかりを彼は悩んでいた。
女共に混じってチョコ売り場で購入するなど御免だ。
何か一味違う、印象に残るような物・・・そう言えば、教室で昼寝の合間に聴こえてきた会話に、「彼女に下着を貰う」という一言があった。
下着か・・・成る程。一人暮らしをしている花道には実用的な物の方が良いかも知れない。
流川は早速、プレゼントの物色の為に、先刻から殆ど無意味にウロついていたデパートの中を移動し、男性下着売り場に辿り着いた。
(どあほうにはどんなのがイイか・・いっつもトランクスばっか穿いてっけど偶には違うタイプでもイイよな・・ビキニとか・・・)
うっかりビキニタイプのパンツを穿いた花道を想像してしまい、ちょっと鼻の奥がツーンと痛んだ。
(ソレもイイ!そんでオレからのプレゼントを穿いたどあほうとその夜は一晩中甘くしっぽりと・・・)
かなり危険な思考を働かせたままの流川からは何処か不穏で、何とも形容し難い不気味な気配が漂っていた・・・
ふと、下着を物色していた流川の目に留まったものがあった。
鮮やかな色彩が目を奪う。流川が最近目を引かれる色。それは、彼の恋人を連想させる、赤である。
迷わずその色の下着を手に取り、眺めてみる。
それは、赤地に黒で柄がプリントされた、ローライズタイプのボクサーパンツであった。
更にはその柄が流川の興味を引く。それには、バックに黒で楓の柄がプリントされていた。
(コレはオレ達二人を祝福してるに違いねー。どあほうの尻にオレの柄がくっついて・・・待ってろよどあほう!!!)
即決した流川は目を血走らせ鼻息を荒くしながらそれを購入した。しっかりプレゼント用にラッピングもしてもらった。
不運にもそれを担当した女性店員は、その意味を深く考えないにしよう、と健気に決意した・・・
愛しの恋人へのプレゼントも買った。きっと喜んでくれるだろう。
その様を想像しては口元をだらしなく緩めながら、意気揚々と愛用のママチャリで花道宅に向かう。
その道すがら、ふと、何故かこの日に限って目に留まるものがあった。
曲がり角の一角に、ひらひらと幟が風に僅かにはためく。それには「子授け神社」とでっかく書かれてあった。
何となく流川はその言葉に引かれる様にふらふらとその神社の境内に向かった・・・
そして花道宅。
前もって断りも入れずいきなり押し掛けた流川にぶつぶつ言いながらも二人分の夕食を作る花道の姿があった。
「ったく来るなら来るで一言ぐれぇ言えよ。コッチだってイロイロあんだからよ。居残りしねーでとっとと帰っちまうから今日はウチに来ねーんかって思ったぜ。」
「・・・部活終わってからオメーのプレゼント買いに行ってたから忘れてた・・」
「プレゼント?」
「バレンタインだろ、今日・・・」
「あーそっか。」
この日は流川の許へ不特定多数のチョコの攻勢があったのを見ていた筈なのに、花道の機嫌は別に悪くもない。花道自身にも幾つかチョコが渡されたからだ。
マネージャー二人からのはまあ義理としても、その他に花道のファンだという女の子から本命チョコが手渡されたのだ。
一つも貰えなかった去年と比べれば、素晴らしい快挙である。
根っからのフェミニストである花道は、渡されたそれを流川の様にぞんざいに扱う事も出来ず、取り敢えずバッグに入れて持ち帰ったのだった。
「そーいやテメーも女共からチョコ貰ってたな・・・まさかテメー、ソレ食う気じゃねーだろうな・・・」
ギラリと流川の目が剣呑に光る。
「だってよお、折角このオレにわざわざ手渡してくれたモン、粗末にはできねーよ。オレだってどーっすかな、って思ってんだよ。オメーはいいよな。黙って突っ立ってるだけで貰い放題だもんよ!」
「んなのメーワクなだけだ。オレは皆纏めて段ボールに突っ込んで焼却炉に放り込んだ。テメーもそうしろ。」
「んなヒデー事出来っかよ!たくよー、ホント、テメーは女の子にはツメテーよな・・」
「頼みもしねーのにオレの本心無視してテメーの欲望押し付ける方がよっぽどヒデー。オレが興味あんのはどあほう、オメーだけだっていい加減分かってんだろうが。」
流川は立ち上がって花道の背後に廻り、そっとその体を後ろから抱き締める。
「んだよルカワ、包丁持ってんだから触んなよ。」
「るせー、・・・オレが貰いてーチョコはオメーからだけだ。こうしてーのもオメーだけだ・・・」
体に腕を廻され、肩口に顔を埋められ、熱く囁かれて、花道は顔が真っ赤になって困ってしまう。
いつも思うが、流川のストレート過ぎる表現はどうも苦手だ。
熱く見詰められたり花道への想いを口にされたりすると、なんだか自分まで体が熱を持ってしまって、どうしていいか分からなくなる。
「わ・・分かったから!おら、メシ作ってんだから離れろよ!」
花道が耳まで赤くして身を捩ったので、流川は渋々その体から手を放した。
そんなこんなで、漸く出来た花道の手料理に二人は舌鼓を打ち、綺麗に平らげて花道が後片付けをする間、流川が風呂を沸かしに行く。
二人の役割分担は流川が花道宅に泊まる時の約束事項となっている。その後、寝室で二人分の布団を敷く。いつもそれはぴったりと隙間なくくっつけられるのが常だった・・・・
そこまで済ませた流川は、自分のバッグをごそごそと漁り、この日の為に用意した花道へのプレゼントを取り出す。
洗い物を済ませて戻ってきた花道に、徐にそれを差し出した。
「どあほう・・・コレ、プレゼント・・」
「あー・・・、さっき言ってたヤツか・・ん?チョコじゃねーみてーだな。くれるっつーんなら有難く貰ってやっけどよ。」
「開けてみろ。」
「う、うん・・・」
何故か流川の目が妙にギラギラしているのが気になるが、目の前のプレゼントへの好奇心が勝り、丁寧に包装されたそれを、やはり丁寧に剥がして(包装紙はきちんと畳む)化粧箱を開けてみると・・・・目に飛び込んだ色は赤と黒だった。
衣類の類かと思ってそれを手に取って・・・そこで気付いた。
それは、下着だった。しかも、股上が妙に浅いボクサータイプのパンツ。
更には、そのパンツは赤地に黒で柄がプリントされている。バックにプリントされていたのは、英文と、見た事のある一枚の葉・・・・・それは、コレをプレゼントに選んだ目の前の男と同じ名を持つ、つまり楓だった。
「・・・・・・・」
暫く花道はソレを手にしたまま固まってしまった。
これは一体どうリアクションを取るべきなのか、さっぱり分からなかった。
物を貰うのは素直に嬉しい。それが実用的な物であるなら尚更。しかし・・・・・
寄りによってこんな日に、男が男に下着をプレゼントする・・・それはまあ、自分達は既にそんな仲になっているのだからそういう意味で間違いはないだろう。
が、コイツがコレをプレゼント用にした・・・花道はその店員に同情したくなった。同時にあまりにストレート過ぎて恥ずかしい。
その売り場を教えて貰って絶対に行かない様にしよう。花道はそう心に決めた。
花道はやや現実逃避をしているようだった。
「・・・オイ」
その声に途端に我に返り、びく!と一瞬体が跳ねる。
「気に入ったか。」
「う、うう・・・・え、と、コレ、この柄・・・ぐ、偶然だよな?単に赤がオレに合いそうってだけで柄まで考えてねーよな?な?!」
動揺のあまり花道は自ら墓穴を掘っていた。
「どあほう、このオレがその柄を選ぶのに偶然なんかあるわけねー。そのパンツはオレだと思って穿け。」
やっぱりーーー!!!
花道は心の中で絶叫した・・・・・・
「どあほう、ソレ穿いてみろ。穿いてるトコが見てー。」
「い、今か・・・?え、と、その、風呂入ってからでいーだろ?そーだ!オレもオメーにやるモンがあったんだ!」
花道が引きつりながら後ずさり、身を翻して台所に逃げ込んでしまった。流川がち、と舌打ちする。
「・・・まあいい。フロの後が楽しみだ・・・期待してろよ、どあほう・・・・・」
この時の為に流川は更なる秘密兵器(・・・)を用意していた。殆ど衝動買いではあったが。
と、花道が台所から何かを手に戻ってきた。それを、心なしか幾分躊躇いながらテーブルの上に置く。
それを目にした途端、流川の目が見開かれた。
「どあほう・・・?」
「オメーにやろうと思って・・・折角だから作ってみた。た、偶々洋平のねーちゃんから借りた本あったからソレ見て・・天才の手作りだ!心して味わえよ!」
花道が真っ赤な顔で流川に差し出した物・・・それは、ケーキだった。
全体がチョコでコーティングされ、傍らにホイップした生クリームまで添えられている。所謂ザッハトルテだった。
結構手間の掛かるチョコケーキだ。これを花道は自分の為に作ってくれたというのだ。
自分への愛(・・・)の為に!!!
「どあほう!!」
流川はおの事実に感動し、興奮して花道に抱きつこうとしたが、咄嗟に花道が掌で流川の顔を押し留めた。
「折角だから食ってみろよ。オメー、甘いの苦手なんだっけ?一応、甘さ控えめにしてあっから。」
照れた様にぼそぼそと呟きながらケーキを切り分けていく花道の姿に、流川は再び感激した。
甘いものが苦手な自分の為に甘さ控えめのケーキを作ってくれた・・・それは是非とも賞味しなくては!!
どあほうの作ったモンなら何でも美味いに決まってる。
現に流川は花道の手料理の中に、自分が嫌いだと認識していた食材が入っていてもそれとは知らずに食べきっていた。
そして、いつしか好き嫌いまで克服していったのだ。流川の母親などはそれを知って、涙を流して花道に感謝したという(つまり親公認の仲となった)。
「ほら、ルカワ。」
目の前に差し出された、切り分けられたケーキは黒っぽい茶色の外側と、添えられた純白の生クリームとの対比も美しく、ケークの断面は茶色のスポンジがしっとりとして、見るからに美味しそうっだった。
期待に満ちて一口分をフォークに取り、生クリームを少し付けて口に運ぶ。
その味は期待を裏切るどころか、それを遥かに上回るものだった。
ビターチョコのほろ苦さが生クリームで中和され、程よいほんのりとした甘さでふんわりと口の中に広がる。
スポンジもしっとりとしていながらチョコがよく染みて、しかもよく焼けてあり、これまたふんわりとした歯ざわりでとにかく素晴らしい。
「・・・どーだ?」
恐る恐る花道が訊ねる。
「スゲー美味ぇ・・・こんなうめーケーキ食った事ねー・・・」
元々流川は甘いものが苦手なのでお菓子などの類は殆ど口にしないのだが、それでもこのケーキは店で売ってるものにも遜色は無いと思われた。
やっぱり自分の恋人はこんな処でも天才だった。
「そ、そーか。そりゃよかった!わざわざ本借りて作った甲斐あったな・・・はっ」
嬉ししさのあまりにぱっと笑って・・・次の瞬間手で口を押さえた。・・・自分からバラしてしまった。
当然流川はそれをしっかり耳に入れていた。
「わざわざ本借りたんか?・・・オレに作ってやろうとして・・・?」
「う・・・・・」
花道は最早何も言い返せず、かあっと顔を耳まで赤くして俯いてしまった。
「どあほう!!」
堪えきれず流川はがば、と花道に抱きつき、愛しげにぎゅう、と抱き締める。
「スゲー嬉しー・・・こんなバレンタイン初めてだ・・・・」
「そーかよ・・・」
やはり俯いたままの花道の頬に手を添え、そ、と上向かせる。
紅く染まった顔の中、自分を見詰める琥珀の瞳が、この時は何処か頼りなげに揺れていた。
その表情に煽られ、驚かさないよう、そ、と唇を寄せて目の前の柔らかな唇に軽く触れる。
そうしてから、今度は深く口付けた。花道の下唇を甘噛みして促すと、おずおずと唇が薄く開かれる。
その隙間から舌をしのばせ、花道のそれに絡めた。花道も次第に流川に応え始める。
互いに深く、強く舌を絡ませる度に濡れた音が響き、それが一層二人を煽り立てる。
「んん・・・ふ、ん・・・・」
花道もいつしか甘い吐息を漏らし始めていた。
それにいよいよ流川が興奮し、花道を抱き締めていた手をその体に這わせていく。それに気付いた花道がやんわりと押し留めた。
「ルカワ、オレ、先に風呂入りてーから・・・」
「今すぐオメーが欲しー・・・」
「・・・!ダメ、だ。こんなトコでなんかヤだかんな・・・布団の中でなら、いくらだって付き合ってやっから・・・・先入るかんな!」
真っ赤な顔でそこまで捲くし立てると、花道は逃げる様に風呂場に向かってしまう。
それを見て流川は残念そうに舌打ちしたが、まあいい、と気を取り直した。
風呂の後は存分に花道を堪能出来るのだ。花道も言ったではないか。布団の中でならいくらでも付き合うと!!
それを思うと今から興奮の余りどうにかなりそうだった。
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