君ヲ想フ(下)

 



なんだか、無性に晴明に会いたかった。

邸に着き、中に入ると式神の蜜虫が出迎えた。


「どうぞ、博雅様。晴明様がお待ちです。」


そのまま蜜虫の案内で奥に向かうと、晴明が何時ものように濡れ縁に座して外を眺めている。

ほんの数日、会わなかっただけなのに、妙に懐かしい感じがした。


「来たか、博雅。」


 晴明が博雅を見やり、丹を刷いたような口元に微かに笑みを浮かべる。


「おれが来るのが分かっていたのか?」

「まあな。まあ、こちらに来て呑めよ。三輪の酒が手に入ったのだ。」

「あ、ああ。」


 博雅は何処となく屈託していた。

晴明の隣に腰を下ろすと、晴明が盃に酒を満たす。


「すまぬな。」


 一言、礼を言うと一気に中の酒を呷った。そして、盃を置くと、意を決した様に口を開く。


「晴明。おれが此処に来たのはお前に伝えたい事があったからなのだ。きっと、言わねば後悔すると思ってな…」


晴明は、敢えて表情を消していた。


 「何やら物々しいな。そう言えば、今日は従妹の姫君の下に行っていたのではないか?何やら香を薫きしめている様だが…」

 「ああ。確かにおれは先程まで従妹どのの邸に居た。そこで、叔父からおれと姫の縁組の話を持ちかけられたよ。」

「ほう…よかったではないか。これでお前も人並みに妻を持てる。喜ばしい事ではないか…」


晴明の目線は博雅を見てはいなかった。

盃を持つ手が微かに震えている。博雅はそれに気付いた。


「違うのだ。おれは、その話をお断りしたのだよ。」

 「なに…?何故、そのような事を…」

 
驚いて、博雅に顔を向けると、博雅はひどく真摯な表情をして、真っすぐに晴明を見つめていた。その表情に、不意に胸が騒ついた。

 
「おれは…他に想うひとが居るからと、そう断ったのだ…そのひとはおれを想ってくれている。だから、今度はそのひとの想いに、自分が応える番だと…」

そこで、改めて晴明を見つめ、

 
「お前の事だ、晴明。おれが、その想いに応えたいひととは…晴明、お前なのだよ。」


 晴明は、咄嗟にその言葉が理解出来なかった。苦しい程に恋い焦がれた、その博雅が…?

博雅も、おれを?そんな事が…ある筈がない。希みを持ってはならぬ。

それが裏切られたら…おれは、どうなるか分からぬ。

 
「いや、博雅。それは、友としての想いだ。恋とは違うものだ…」


晴明は、それだけ言うのがやっとだった。

 
「違う。友としてではない。おれは、お前と同じ想いなのだ。おれは、お前が好きなのだよ。…信じてくれるか?」


博雅の澄んだ黒い瞳が縋るように晴明を見据えていた。晴明は、迷っていた。誰よりも愛しくて、誰よりも焦がれた博雅。だからこそ、おれが恐れるのは。

おれが触れることによって博雅が変わってしまう事。その無垢な魂が汚れてしまう事。


「博雅…もうよいのだ。もう…」


 晴明は、やっとそれだけを言うと、くるりと背を向けてしまう。

博雅の顔を見続ける自信がなかったから。その博雅の顔には、絶望の色が浮かんでいた。


「晴明…おれの心を見せよう…」


博雅は、思い詰めた声で絞りだす様に呟くと、腰に下げた太刀を抜き放ち、刀身を曝した。

そのまま、自分の胸に突き立てようとする。


「博雅っ!何をする!!」


咄嗟に晴明が動いて、博雅の太刀を掴んだ手首を掴んで刀をもぎ取る。


「何という事をするのだ、博雅。死ぬつもりか?」


少し息を切らしながら、それでも怒ったような声で問いただす。

項垂れた博雅は、ぽつりと呟くように言った。


「おれの言葉が信じられぬなら…この胸を裂いて見せようと思ったのだ…そうすれば胸の内が見えるだろう…?おれの、偽り無き心が…」


瞳に、涙が溢れて声が震えている。その内、溢れて零れた涙が一筋、頬を伝った。

晴明は、それを美しい、と思った。


「博雅…」


 博雅に向かって手を伸ばし、その濡れた頬にそっと触れる。

濡れた黒い瞳が心細げに自分を見上げているのを見ると、もう堪らなかった。突然、激しく抱き締める。


「博雅…博雅…済まなかった…許してくれ…博雅…!」


 きつく抱き締めながら何度も顔中に接吻る。

烏帽子を落とし、その頭を掻き抱き、接吻を落とす。


「おれは…自分の思いにばかり囚われていて…お前を傷つけてしまった。許してくれ。」


晴明に抱き締められ顔に接吻を受けながら、恐る恐る晴明の背中に腕を回す。


「信じてくれるのか…?おれも、お前が好きなのだと。」

「ああ、博雅。分かっていたのだよ。お前に嘘は付けぬと。全てはおれの身勝手さが招いた事。すまぬ、博雅…」


晴明が更にきつく抱き締め、優しい、愛おしむような眼差しで博雅を見つめた。

博雅も回した腕に力を込める。

 
「晴明…おれはな、お前の事を想うと、苦しくなる時がある。お前が此迄どのように生きて来たのか…それを想うと、
哀しくて、苦しくて、切なくて、いとおしい…」


 言ってから、博雅は顔を真っ赤にして晴明の胸に顔を埋めた。そんな博雅が堪らなく愛しくて、優しく耳元に囁く。


「博雅…お前がこの上なくいとおしい。だから…お前を欲してよいか…?」


言いながら、そっと躯を倒し、博雅を床の上に横たえる。

 
「せいめい…?」

「博雅、よいか?」


 再び耳元に囁くと、博雅の襟元に手を掛ける。


「ま、待て!晴明っ!」


そこで漸く状況を理解した博雅が慌てて晴明の手を掴んで止めた。


「なんだ、ここに来て駄目なのか?おれはお前が欲しくてならぬのにな。」


些か不満そうに、だが予想していたかの様に、晴明は手を止めた。


「すまぬ…晴明。だが、おれは、その…こういう事は初めてで、恥ずかしいのだ…頼む、少し時間をくれぬか?」


頬を紅く染めながら、それでも一生懸命伝えようとする博雅が可愛くて、額に口付け、優しく抱き締める。


「おれは明日、師匠の命で播磨に行かねばならぬのだがな。まあ良い、焦らずに待つとしよう。お前の心ももろうた事だしな。」

 
その晴明の言葉に、博雅が不安げな表情になる。


「明日…?播磨まで、など…いつ戻れるのだ?」


安心させる様に博雅の頬を撫で、囁く。


「なに、十日もあれば戻って来れるさ。案ずるな。」

「分かった…お前が戻るのを待っている。戻ったら…その時こそ…」


途端に顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに押し黙ってしまった。そんな博雅を優しく見つめ、


「博雅…おれの為に笛を吹いてくれぬか?暫らくお前の笛を聴いておらぬしな。」

「分かった。お前が覚えてくれるよう、おれの心を込めよう。」


 博雅は快く承諾し、葉双を取り出した。やがて、晴明が愛してやまない澄んだ音色が響き渡る。

天には満月に差し掛かろうとする月が煌々と空と地上を照らし、風に吹かれて棚引く雲が光を宿したように輝く。

庭に下りて一心に笛を吹き続ける博雅もまた、月の光に浮かび上がるようだった。

姿そのものが白く浮かび、顔の細部まで見てとれる。


瞳を伏せ、長い睫毛が微かに震え、肉の厚い唇が僅かに濡れて光る。

晴明は、博雅をこれ程に美しい、と感じた事は無かった。賛美の想いを込めて博雅を見つめる。その奏でる音色もまた…


それは、例えるなら、咲き誇った桜が一陣の風に静かに、だが狂おしく散る散華の様であった。

夏の闇夜に一つ、二つと蛍が灯す朧な灯のようであった。

花の姿が見えない闇夜でも、その馥郁たる香で木犀の花が咲き匂うのが分かるかの様であった。

降り積もった雪の下微かに陽が射した地面から福寿草が金色の小さな花を覗かせた様であった。


時に激しく、時に淡く、時に心騒ぎ、時に和み、その全ての想いが音に変換されて晴明の体内に流れ込んでくる様であった。

ああ、と晴明は思った。これ程に想われていた。これ程に博雅に愛されていた。


自分ばかりではなかった…

 

一通り笛を吹き終わった博雅は、庭から濡れ縁に上がり、また元のように晴明と向かい合ってほろほろと酒を呑んでいる。

酒を呑みながら、時折熱っぽく博雅を見つめる晴明の視線が気になって、博雅の酒を呷る頻度が増していく。

 案の上、段々頬が紅く染まり、瞼が重たげに下がってくる。

 
「博雅…今日は泊まっていくがよい。」

「ん…」


半分寝呆けた状態で応じると、そのまま晴明の肩にことんと頭を乗せて、すぐに寝息を立ててしまった。


「やれやれ…これだからお前が愛しいのだよ。」


晴明は、苦笑すると博雅を横抱きにして寝所まで運んで行った。

翌朝。射し込む陽射しと鳥の囀りに博雅は覚醒を余儀なくされ、ゆっくり目を開けると、いつもの自邸の寝所ではなかった。


「此処は…?おれはどうしたのだ?」

「おお、目を醒ましたか。」


聞き覚えのある声にぎょっとして振り向くと、晴明が起き上がって、微笑みながら博雅を眺めていた。


「せ、晴明!?お、おれは一体…!?」

「案ずるな。お前には何もしておらぬ。昨夜はお前の可愛い寝顔を堪能させてもらった。」


そして、立ち上がると支度を整えていった。


「もう…行くのか。」

博雅が心細げに晴明を見上げる。


「そんな顔をするな…10日程で戻ってこれる。それに、こんな可愛い新妻が待っていてくれる事だしな。」


その言葉に、博雅は一瞬惚けた顔をしたが、やがて顔を瞬時に真っ赤に染めた。


「なっ…にい、お、おれが…」


動転しまくる博雅を楽しげに眺め、やがて支度が完了した。門前には馬も用意されている。


「行ってくる。博雅、おれはすぐに戻るからな。待っていてくれ。」


晴明は、博雅をいとおしげに見つめると、用意された馬に飛び乗った。


「ああ。待っているとも。だから、早く帰ってきてくれ。…おれの所に。」


途端に、博雅は顔を紅くして俯いてしまった。晴明の瞳に、優しい、暖かな光が宿っている。

朝陽が射して、瞳に陽光を写し取ったかのようだった。


「帰ったらお前を抱けるのだからな。仕事も早く片が付くというものだ。ではな、博雅。」


その言葉に博雅が顔を上げると、既に門の向こうに晴明の姿が消えていった。

博雅は、暫らくその場所に佇んで門の向こうを見つめていた。

 

それから十日程が過ぎてから、博雅は晴明の邸に赴いてみた。

晴明の邸の門をくぐると、入り口で蜜虫が出迎えた。


「どうぞ、博雅様。晴明様がお待ちです。」

「おお、やはり帰っていたか。」


蜜虫の後に付いていつもの濡れ縁に通されると、既に晴明が酒と肴を傍らに置いて、ゆったりと柱にもたれていた。


「来たか、博雅。まあ座れ。」

「帰っていたのか、晴明。まあ、無事で何よりだ。」


そして、2人はいつものように静かに静かに酒を酌み交わしていた。

ただ、その日は晴明がやたらと酒を勧め、つられて博雅も随分と杯を重ねていった。

当然の結果として、頬が赤みを増し、目付きがとろんとしたものになっていった。つい、晴明の肩にことんと頭を乗せてしまう。


「博雅…寝所に行くか?」

「ん…」


その声を聴いて、晴明は博雅をひょいと横抱きに抱え上げると、そのまま寝所へと向かった。

敷かれた寝床に博雅を横たえると、その上に覆い被さって博雅の唇に接吻る。

そのまま中に侵入して舌を絡める。


「ん…ふうっ…」


博雅が苦しげに聲を漏らすが、構わず接吻ながらその手は直衣の襟元を寛げようとする。


「お、おい、晴明!」

「駄目だ…博雅、おれはもう待てぬ。本当はお前の姿を見るなり、すぐにでも欲しかったのだ。これ以上は…待てぬ。」


晴明の眼差しも声音も真剣で、何処か切羽詰まっており、博雅はもう何も言えなかった。

晴明の頬に手をやり、優しく微笑む。

 
「良いさ…晴明、お前が望むなら。」

「博雅…」


 晴明は博雅がこの上なく愛しくなり、夢中でその肌を暴いていった。


「ん…うっ…」


闇の中、抑え切れない聲が密やかに漏れる。

博雅の衣は上半身が殆ど肌蹴られ、胸元に晴明の顔がある。

仄かに色付く突起を齧り、もう片方を指で捏ね回すと密やかな聲が漏れた。


「あっ…ん…」


博雅は此迄に聴いた事もない甘い聲を上げ、ぎゅっと目を閉じてその刺激に堪えている。

その聲がもっと聴きたくて指貫の紐を解き、手を中に忍び込ませる。


「あっ…」


博雅の、形を変えつつあるものに触れると、躯がびくんと揺れた。


「怖がるな…酷い事をしようというのではない。」


晴明の指が優しく博雅の陰茎を擦り、その唇は胸の突起を嘗めては吸い上げる。


「あっ…ああ…んっ、はあ…」


博雅の頭の中は既に真っ白だった。自分で触れた事もない箇所を弄られ、初めて与えられる快感に身を委ねるしか出来ない。

自分が自分でなくなりそうで、何処か恐ろしい。それでも。

晴明になら。

この愛しい漢になら。この身を全部与えても悔いはない。


晴明が初めて目にする博雅の躯。衣に隠されていた肌は思いの他白い。

その肌を晴明の手が滑る度、艶やかな聲が漏れる。

博雅の表情、聲、吐息、滑らかな、けれどしっとりと吸い付く熱い肌。その全てが晴明を夢中にさせる。

もっと博雅の聲が聴きたくて、顔を下肢に降ろして行き、既に雫を垂らしている陰茎を口に含んでしまう。


「やあっっ!」


突然の刺激に、博雅が身を震わす。そのまま、晴明は口で出し入れを繰り返したり、舌で根元から先端まで嘗め上げ、袋まで揉みしだいて快感を送り続ける。


「あっ…ああ…うあっ…」


博雅の聲が段々と切羽詰まって来た。呼吸も浅く、早くなってくる。


「せい…めい、も…う、」


晴明が一際強く吸い上げた。


「あ、あああっあっ!!」


博雅が叫び声と共に昇りつめ、晴明の口内に精を吐き出す。

その液を飲み下し、解放の余韻に忙しなく息を吐く博雅に口付ける。

そして、式神を呼んである物を用意させた。


「博雅…ここに、よいか?」


博雅の足首を掴んで大きく上に持ち上げ、その奥を曝す。

「なっ…いや、だ、晴明っ」

「大丈夫だ…存分に慣らすからな。」


何時の間にか、晴明の手には小振りの筆が握られ、その筆に式が用意した壺の中の液を含ませる。そして、それを博雅の菊の座に塗り付けた。


「やあっっ!」


濡れた感触に博雅が竦み上がる。そのまま、晴明は筆を動かして根気よく慣らしていった。


「あ…ああ、んっ、はあ…」


博雅が忙しなく喘いでいる。初めてのあらぬ所への刺激と快感に、目が眩みそうだった。

博雅のそこが充分に濡れたのを見てとると、晴明は指を一本、潜り込ませた。


「うああっっ」


博雅は竦んだが、晴明の指は容易く中に潜り、もう一本増やしてみる。

博雅の中は熱く、内壁が収縮して晴明の指を締め付ける。


「もう良いようだな…」


晴明が自分の指貫の紐を解き、しなる程に屹立した自身を取出し、博雅に宛てがう。


「いくぞ…」

そのまま、博雅の中に突き入れる。


「あああっっ!!」


あまりの衝撃に竦む躯を宥め、ゆっくりと抽挿を繰り返す。そして、段々と早く、深く突いていくうちに博雅の聲に艶が混じり始めた。


「あ、ああ、あっ、せい、めい!」

「ひろまさ…ひろまさ!」


晴明は、この上ない愉悦を感じていた。

愛しいひとが自分の手に抱かれ、花開いていく悦び。晴明の腕の中の博雅は此迄になく美しく見えた。


「博雅…もう…」

「せい、めい、あ、ああああっっ!!」


博雅が再び達し、一瞬遅れて晴明も博雅の内に吐き出した。

そのまま共に抱き合い、解放の余韻に浸る。晴明は、優しく博雅の髪を撫で、額に口付ける。


「博雅、お前に渡したいものがあるのだ。」


それを式神に持って来させ、博雅に渡す。それは、紅い薔薇の枝に薄様の文が結んであった。

中を開いてみると、一首の歌が書き付けてあった。

 

『おもへども 身をしわけねば めに見えぬ 心を君に たぐへてぞやる』

 

「それの意味はな…あなたのことを深く思うけれど、私の身を二つに分けることができないので目には見えない心だけを連れそわせて一緒に行かせることであるよ というのだよ…」

「晴明…これは…」


博雅の頬が徐々に染まってゆく。


「おれからの…後朝の文かな。露見し、という所だ。」


晴明は優しく微笑み、柔らかく博雅を抱き込んだ。

顔を紅くした博雅が晴明の胸に甘える様に擦り寄り、ぽつりと呟いた。


「ばか…」