博雅姫と愉快な下僕達

 

土御門の晴明邸。その一角にある部屋に向かって晴明が歩いて行く。

妙に弾んだ足取りで。

その顔は相好を崩しまくり、その手には女物の着物を抱えていた。

「博雅。またお前に合いそうなのを選んできたぞ。」


その部屋に入るなり、開口一番に晴明が嬉しそうに告げる。

それを聞いて、またか、と部屋の主がうんざりとした表情になった。
その部屋に居るのは晴明の親友である源博雅なのだが…ある事情により、少々様子が違う。
そこに居たのは可憐な女性…大きな黒い瞳が印象的な、愛らしく、かつ品のある容貌をしている。

「博雅、この紅葉の襲などお前に合いそうではないか。」

晴明が手にしていたのは紅葉を模した色合いの赤や黄などの様々な袿だった。

博雅、と呼ばれた女性が微かにため息を吐いた。そう、その可憐な女性こそ源博雅、その人だった。

「晴明…いい加減にしてくれ。先日からやれ菊だの女郎花だのと飽きもせず様々な衣裳を携えてはおれに着替えさせておるではないか…」

「何を言う。お前に合いそうなものをこれでも厳選しておるのだぞ。それもこれも、愛しいお前が更に美しくなった姿を見たいが為だ。」

そして、博雅に近寄り、ふわりとその腕に抱き込んだ。


「ばか…そんな恥ずかしいことを言うな。」


博雅は顔を赤くして晴明から逃れようとするが、晴明はそれを許さない。


「本当の事だ。お前がいとおしいから…時にこうしてお前を困らせてしまう。すまぬ。」

「晴明…」
と、晴明の博雅を抱く力が籠もった。

「博雅…此処に居てくれ。そして、おれの子を産んでくれ…」


一瞬、博雅は言われた内容が直ぐに理解できず、思考を止めてしまったが、漸く理解すると、見る間に顔が赤く染まっていった。


「なっ…そ、そんなこと…」

「出来ぬ、と言いたいか?今のお前なら出来るのだ。お前がこうして女に変じた以上、
おれはお前以外妻にはしたくないし、お前にしかおれの子を産んでもらいたくない。」

晴明の告白は真摯で、博雅を見つめる眼差しは熱を帯びて強い光を放っていた。


「晴明…」


その強い瞳に魅入られたかの様に、晴明の瞳を見返すと、唇に柔らかい感触が触れた。


「んっ…」


晴明の唇が博雅の一段と小振りで柔らかくなった唇を包み込む様に触れている。

角度を変えて接吻け、口内をこじ開けて舌を侵入させていく。

「ん…う、ふっ…」

博雅が鼻に抜ける吐息を漏らし、唾液が顎を伝い落ちる。
その甘い聲に触発されたかの様に、晴明が一際深く博雅の唇を貪った。
博雅の躯から徐々に力が抜けていき、晴明の狩衣にしがみつく。
暫らくして、漸く晴明は博雅の唇を解放した。

「はあっ…」


博雅は解放された唇から空気を吸い込み、晴明の腕にしがみついていた。と、その躯が傾いでいく。


「博雅…」


博雅をその場に押し倒した晴明が熱く囁く。


「おれが欲するのはお前だけだ。おれの子を産んでくれ…」


耳元に囁き、博雅の細くなった首筋に唇を押し当て、顔を埋めると、甘い薫りが鼻を擽った。

その薫りに夢中になり、博雅の袿をはだけて小袖の上から柔らかく胸に触れる。

「あっ…」


博雅が驚いた様に聲を上げた。微かに身を捩るが、構わず豊かで柔らかな乳房を柔々と揉みしだく。


「やあっ…あ、んっ…」


博雅の嬌声は驚く程高く、甘く響いた。その聲に触発されて、尚も愛撫を続けようとした時。


「あの…晴明樣…」


蜜虫が躊躇いがちに声を掛けてきた。

晴明が、邪魔をするなとばかりにぎんっ、と蜜虫を睨めつける。
その、視線だけで人を殺せそうな鋭い眼差しに、蜜虫がひっ、と竦み上がるが、それでも震える声でおずおずと用件を告げる。

「あの…お客樣がお見えになっておりますが…」

「客だと?そんなものは追い返せ。おれは忙しい。」
「ですが、もう…」
「案内も乞わずに失礼するぞ。晴明。」

その聞き慣れた声に晴明が振り返ると、そこには何時ものように黒い水干と猫又を連れた彼の兄弟子がたたずんでいた。

その口元には何処かからかう様な笑みが刻まれている。

「保憲様…何用ですかな?」


晴明の表情が憮然としたものになる。

この兄弟子の用は大抵碌なものではない

「や、保憲殿!?」

晴明の言葉に、組み敷かれていた博雅ががばっと起き上がり、晴明を突き飛ばして着衣の乱れを直す。

突き飛ばされた拍子に頭を柱にぶつけて手で抱えながら蹲っている晴明には目もくれずに、博雅に目をとめた保憲が感嘆の声を上げる。

「これは…博雅樣ですな?まあ、何と愛らしい姿におなりになったものだ…」


保憲の表情がうっとりとしたものになっている。博雅の本日の衣裳は竜胆の襲。

紫、青、緑の袿を重ねたものである。
その凛とした色合いは博雅の愛らしく、品のある姿によく映えている。
保憲は更に博雅に近付き、その手を取って、問う。

「しかし…何故、このような姿に?いえ、この姿も実に愛らしく、心惹かれますが。」

「それが、私にも分からないのです。朝、目醒めてみたらこんな姿になっていたのですよ…しかし、よく
私だとお分かりになりましたな。」


博雅を目にした途端、自分だと見抜いた保憲が博雅には不思議である。

まさか、源博雅が女になった、などと誰が予想するだろう。
女になってからはずっと晴明の邸にいたのだし、自邸の家人達が他言するとも思えない。

「それは分かりますよ。どのような姿であれ博雅樣の魂の輝きは消せるものではありませぬ。貴方は稀なる魂をお持ちだ。だから直ぐに分かったのですよ。」


保憲が優しく博雅に微笑む。

その、慈愛の籠もった、魅力的な笑顔に博雅は思わずどきりとした。

「…保憲様。用件は何ですかな?」


今の今まで両人に忘れられていた晴明があからさまに二人の間に割って入る。

ついでに博雅の手を保憲から取り戻す。
その仕草に保憲がむ、とした顔になるが、取り敢えず用件を告げる。

「最近、質のよくない妖があちこちに出ているそうなのでな。陰陽寮総出でそれの対応だ。お前にも手を貸してもらおうと思ってな。元よりお前は陰陽寮に属する者だ。否とは言うまいな?」


晴明が、さも嫌そうに顔をしかめる。


「面倒ですな。それに、私にはやらねばならぬ事があるのですよ。」


晴明の言葉に保憲はちらりと博雅を見やり、


「お前の魂胆は見えすいている。どうせ、博雅樣を元に戻す事を口実にこのまま此処に留め置き、あわよくば既成事実でも作ってしまうつもりだろう。」


全くの図星に晴明は言葉に詰まったが、やがて開き直ったように、


「ふん、悪い虫が付いてからでは遅いのですよ。博雅の家人共がよからぬ事を画策する前に(特に俊宏あたり)先手を打っとくつもりです。」

「なるほど。確かに博雅樣に釣り合う身分の貴族を婿に、と動き回るだろうな。一介の陰陽師の出る幕ではない、という訳だ。」

保憲の、含みのある視線に尚更晴明は憮然とし、何か言おうとした途端、またも蜜虫が来客を告げた。


「博雅樣の家の方がお見えになっています。」

「なに、博雅の?」

晴明の脳裏を嫌な予感が掠める。

「…追い返せ。」

「晴明?家の者が来てるのか?」

晴明の語尾に博雅の声が重なる。

「晴明、家の者も心配しておるだろうから、会わせてはくれぬか?せめて少しでも安心させてやりたいのだ。」

今、この時点で博雅に会わせたくはなかったが、吸い込まれそうな大きな瞳でじっと見つめられて懇願されれば、晴明に否と言える筈がない。

あっさり陥落し、しぶしぶ承諾する。

「…分かった。蜜虫、こちらに案内せよ。」


蜜虫に案内されて現われた博雅の家人とは、やはりというか、とにかく博雅大事の俊宏であった。


「との!」


博雅の姿を認めるなり、傍まで駆け寄ろうとしたが、晴明がさり気なく間に割って入る。

晴明のそのあからさまな態度に多少ムッとしながらも、俊宏が博雅に言い募る。

「との、何というお姿に…いえ、申し分のない姫君であられます!ですが、もう、こちらにお戻り下さい。皆がとのを案じております。どうか…」


それもそうか、と博雅が考えていると、晴明が口を挾んできた。


「いや。主人に戻って欲しいと願うそなたの気持ちも分かるが、今はまだこうなった原因が掴めぬ故、完全に元に戻ってからの方がよくはないか?」


とんでもない!と俊宏が憤慨する。

「あなたの様な危険極まりない御仁に大事な博雅樣をこれ以上預けておけませんよ!もし、傷物にでもされたら…いや、万が一、孕まされでもしたら…!!」

「おい、俊宏…」

たった今、そんな目に遭わされかけた博雅が些か顔を紅くして嗜める。

そんな博雅の様子を目にして、俊宏の顔が泣きそうに歪み、頭を抱えて更に苦悩しだした。
その樣を晴明は面白そうに眺めていたが、不意に俊宏に声を掛ける。

「俊宏、そなたの気持ちは良く分かった。確かに博雅を一度帰した方が家のものも安心だろう。」


晴明の、その予想だにしなかった言葉に俊宏が顔を上げ、信じられないと表情をした。

それを更に晴明は面白そうに眺め、

「だが、この屋敷を出るという事は、おれの結界を離れるという事だ。外には妖もうろついている事だし、博雅の身を護る呪を施させてもらおう。」

「それはどのような…」

晴明に問いかけようとした俊宏の声が途中で止まった。

晴明が、目の前で博雅を抱き寄せ、その唇に接吻たのだ。

あまりの事にあんぐり口を開けたままの俊宏を尻目に、晴明は濃厚な接吻を仕掛けていく。
唇を割り、舌を侵入させて博雅の舌を絡め取り、交わらせていく。
博雅も、咄嗟の事に抵抗も出来ず、ただ、晴明の為すが儘に翻弄されている。
やがて、漸く晴明が名残惜しげに唇を離す頃には、博雅の息は上がり、瞳はとろんと潤んでいた。

「と、との〜」


俊宏が世にも悲痛な声で嘆いた。両方の目から滂陀の涙まで流している。


「これで護身の呪は施した。吾妹(わぎも=妻)となるひとだからな。くれぐれも丁重にな。」


実に勝ち誇ったような笑みを浮かべ、博雅を俊宏に託した。既に俊宏の顔は真っ赤な上、今度は悔し涙を滂陀と流していた。


「あ、あなたなんかに博雅樣は金輪際触らせませんからね!!」

(俊宏、魂の叫び)
「ふふ…触れぬのはおれの方ではないのだがな。」

晴明の微かな呟きは博雅を引きずるようにして連れていく俊宏の耳には入らなかった。


「すまぬ…晴明。」


博雅が振り返りながら俊宏に連れられて行った。


「案ずるな。すぐに迎えに行くからな。」


名残惜しげに博雅を見送っていた晴明に、保憲が声を掛ける。


「おい…おぬしが先程掛けた呪とは、悪い虫が付かぬようにする為のものであろう。」

「人聞きの悪い…ちゃんと護身の役目も果たしておりますよ。博雅に害意を持った人や妖が触れようとしても、なまなかな事では触れる事すら叶いませんよ。」

あくまで晴明は余裕綽々だ。


「それが只人やそこらの小物であればな。見たものがおるのだ。都を徘徊する妖の中に、さきの陰陽頭の姿が在った、と。」

「すると、道尊…!?」

晴明の顔が見る間に青ざめていった。


「大変だ…奴なら、おれへの嫌がらせに博雅を孕ませる位、やりかねない…」


余程恨みが根深いんだな、と保憲はちょっとだけ道尊に同情した。

こんな奴の上司になった日には、胃薬が幾らあっても足りない…自分もその辛酸を味わってきただけに、道尊の心情は痛い程よく解る保憲だった。

「保憲どの!こうしてはおれませぬ。直ぐに博雅のもとへ!」


血相を変えた晴明が駆け出し、その後に保憲が続く。

その頃、博雅は自邸の自室で俊宏と向かい合っていた。

「よいですか、博雅樣。二度と、あの陰陽師に近付いてはなりませぬ。」

「そうは言っても、晴明はおれの親友だぞ。会うな、というのは解せぬ。」
「とんでもありません!あの漢は博雅さまに不埒な振る舞いを仕掛けようとしているのですよ!博雅さまには相応の方を婿に迎えて頂かねばなりません。」

博雅の表情が改まったものになった。


「俊宏、おれを案じてくれるその気持ちは嬉しいが、どうしても誰ぞを婿に迎えねばならぬとしたら、この博雅は晴明以外におれを委ねるつもりは毛頭無いぞ。」


真っすぐな目で、きっぱり言い切った博雅に、俊宏はよよと泣き崩れた。


「何という…そこまであの陰陽師に誑かされておしまいとは…」

「あのなあ…」

と、博雅は何かの気配を感じた。御簾の向こうに人影が見える。家人かと思ったが、その声に愕然とした。

「博雅さま…お久しゅうござるな…」

聞き覚えのあるその声と口調。

「まさか…道尊!?そんな…お前は確かに…」

そう、確かに自分の目の前で、自ら首をかき斬って果てた筈。


「ふふ…晴明への怨嗟がわしを怨霊と為さしめているのですよ。死しても晴れぬ怨み…せめて彼奴に一矢なりと報いねば気が済まぬ。そう、それには…」


道尊はにたりと笑うと、博雅に近付いていく。


「ひ、博雅さまに近寄るな!!」


俊宏が震えながらも博雅の目の前に立ちはだかる。


「邪魔だ。」


道尊が軽く手を動かしただけで、俊宏はいとも容易く吹き飛ばされ、柱に躯を打ち付けて気を失ってしまった。


「俊宏!!」

博雅が俊宏に駆け寄ろうとすると、行く手に道尊が立ちはだかった。


「ふふ…博雅さまはこのわしのお相手をして頂きましょう。」


言うなり、博雅の手首を掴んでその場に押し倒した。


「痛っ…!な、何をするっ」


道尊は博雅の上に伸し掛かり、その耳元にねっとりと囁く。


「晴明に一矢報いるには奴の大事なもの…そう、貴方樣を奪うのが一番。貴方様がわしに孕ませられたと知ればあやつはどうなりましょうなあ…」


喉の奥でくつくつと笑い、ねっとりした視線を向けてくる。

その視線だけで肌が粟立つ。

「さて…その可憐な躯を味わわせて頂きますかな。」
「やだ!やめろ!!」

博雅は必死に抵抗を試みるが、掴まれた手首を両方とも頭の上で一纏めにされてしまう。

道尊は、そのまま博雅の小袖の衿に手を掛け、一息にはだけた。

「やっっ…!!」


開いた衿から、豊かで形の良い乳房が露になった。


「ほう…これは、何とも愛らしい…」


舌なめずりし、その乳房に口を寄せようとした時。

「そこまでだ、道尊!!」


よく通る低声が凛と響き渡る。どうやら間に合ったらしい晴明が保憲と共に駆け付けた。

「晴明!!」
「ち、もう嗅ぎつけたか。」

道尊が忌々しげに晴明と保憲を睨んだ。


「博雅様!ご無事でしたか…ぶふっっ!!」

「…ちょっと保憲様、呑気に鼻血なぞ噴いてる場合じゃありませんよ。」
「お、おぬしこそ…」

見ると、晴明の鼻の下に二本の赤い筋がつう…、と垂れていた。

しかも、その目は血走って、ある一点に視線が集中している。
それを目のあたりにした博雅は、乱れた着衣を直しながら、俊宏に断言した言葉を早くも後悔していた。
(前言撤回しようかなー…)
とまで考えている。

「道尊!博雅を返してもらおう。」
「…その前に、鼻血を拭いたらどうだ?」

道尊が呆れ顔で指摘する。本人はカッコつけたつもりだろうが、鼻血を垂らしたままではまるで迫力が無いし、かなり情けない。

(ナマモノさまでご想像下さい。ああ、萬●さんが…)

晴明は、さり気なく懐紙を取出し、あくまで何気ない風で鼻血を拭った。
隣では保憲の出血が中々止まらず、息も絶え絶えの様子だった。
それを眺めている博雅と道尊は微妙な表情をしている。

「博雅さま…あんなんで本当に宜しいのか?」

「おれに聞くな…早速後悔し始めてるんだから」
「ほほう…では、このわしに乗り換えてみますかな?」
「それとは話が別だ!ええい、伸しかかるな!!」

その声に、鼻血を拭い終えた晴明が小さく呪を唱えた。


「ぬ。ふん、不動霊縛の呪か。」


晴明が唱える呪に絡め取られる様に、道尊の身体の動きが封じられた。


「いい加減に博雅を放してもらいたいのでな。元より、おぬしに手は出せぬ。博雅には呪が掛かっておるからな。」

「ふん、そのようなもの、破るのは容易い事だ。」

晴明の紅い唇がにやりと笑みを形づくる。


「忘れたか。おぬしにも呪が掛かっておる事をな。」

「なに…!?」

またも晴明が指を二本、口に当て、低く呪を唱え始めた。

すると、道尊の額に五芒星が浮かび上がり、そこから煙が立ち上る。

「う…ぐあぁっ…」


道尊が額に手をやり、悶え苦しみ始めた。


「急々如律令!」

「ぐわあぁ…!!」

道尊の身体から炎が噴き上がり、そのまま炎に包まれ…塵と消えた。


「晴明…道尊は消滅したのか?」

「一応はな。まあ、懲りずに現われたらまた封じるだけの事だ。」

そして、博雅に向き直り、袿を掛け直してやる。

「お前が無事で良かった」

そう言って優しげに微笑むと、ぎゅっ、とその身体を抱き締めた。

「うん…」


博雅はおとなしく身を預けている。
漸く鼻血の止まったらしい保憲がその様を遠くから眺め、(おれ…何しに来たのかな。)
なんだかとっても割り切れないものを感じていた。
(まあ、でも、眼福ではあった…)
晴明と保憲の鼻血の原因。
博雅の、豊かな乳房を目のあたりにしただけで良しとする健気な保憲だった。

そして。

晴明の邸で晴明は博雅と一緒に居た。

やはり危険だからと嫌がる俊宏を無理矢理承諾させ、博雅を連れてきたのだった。

「博雅…今度こそおれの妻になってくれるな?おれはもう待てぬのだ…」


博雅を優しく抱き締め、熱く囁く。博雅も頬を染めながらもこくりと頷いた。


「元より…おまえ以外にこの身を委ねるつもりは無い。俊宏にもそう言った。」

「博雅…」

既に晴明の頭の中ではハレルヤと祝福の鐘が鳴り響いている。(宗教が違う。)

(この日をどんなに待ったことか…三日夜の餅は用意してあるし、三日三晩はイケるぜ。)

「博雅…おまえがいとおしい…」


晴明が唇を重ねようとしたその時。
 

「お待ち下さい、晴明様。」

博雅の唇から博雅とは違う声がした。

(こ、この声は…)
晴明の背を冷たいものが伝ったが、聞こえない振りをして覆い被さろうとする。

「うぐっっ!!」


途端に、晴明が鳩尾に蹴りを入れられて咳き込みながら蹲った。

「申し訳ありません。でも、お待ち下さいと言ってるのに聞こえない振りなどなさるからですよ。」


涼しい顔をしてしれっと言い放つ表情は博雅のものではなかった。


「もしや…青音殿か…?」

「はい。晴明様、お久しぶりでございます。」

その声は、以前道尊によって絶命した博雅に自らの命を与えた青音のものだった。

「何故、貴方が博雅に…!?」

「少し下界の様子を見たくなりましたので…ですが、もう時間切れです。早良親王様がいい加減に戻って来いと仰るので、私は天に還ります。」
「それでは、博雅は…?」
「私が博雅様の身体に居ればこそ、女の器を保てましたが、私が抜ければ元の男性の器に戻ります。博雅様には私の命を与えましたから同化も容易かったのでしょう。」
「そんな…」

晴明は既に泣きそうな表情になっている。

「では、おさらばでございます、晴明様。博雅様にも宜しく…」
「ま、待ってくれ!せめて博雅がおれの子を孕むまで…!!」

晴明の切なる願いも虚しく、博雅の身体が光に包まれ、その身から光を纏った青音が抜けて天に昇っていった。その様を晴明は泣きながら呆然と見送っていた。


「う…ん?」

博雅の意識が戻り、晴明の腕の中で身動ぐ。

「戻ってしまったか…」


「晴明…?何か顔が怖いぞ。あれ?何だか変な感じだな。」


自分の身体の違和感に、あちこち触ったりしてみる。


「あれ?胸が無い。あれ、戻ってる。」

自分の身体が男に戻っている事に気付き、嬉しそうに晴明に告げる。

「晴明!戻ったぞ!男の身体に戻っておる!せい、めい…?」


何やら様子がおかしい晴明の顔を見上げてみると、その目は完全に座っていた。

博雅が怯えていると、晴明はふ、と薄く笑い、おもむろに博雅の身体を抱き上げた。

「うわ!な、何だ、いきなり!」

「博雅!孕むまでヤるぞ!!」
「馬鹿!!男が孕むか!!」
「試してみねば分かるまい?覚悟しとけよ。」
「やだっ!離せ!!」

その後の博雅君の運命は…?

合掌。


姫第二弾!ゴメンね晴明先生。

扉/