天翔けて・・・
晴明は、仕事で播磨に赴いていた。
滞在先の邸で物思いに耽る。仕事も思いの他、早く片付き、既に明日にでも京に帰る用意は出来ている。それでも、帰り着くには更に数日を要する。
空には、満月に差し掛かった月が煌々と辺りを照らし、棚引く雲がその光を受けて白く輝いている。
(このような明るい夜には博雅は笛を奏でているのだろうな…)
思い出すのは、彼の人の事ばかり。
数日前に想いが叶った、この世で最も愛しい、懐かしいひとの事ばかり。
ほんの数日離れていただけなのに、もう、焦がれんばかりに逢いたくてたまらない。
早く逢いたい。逢って、思う存分その身を抱き締めたい。
いっそ、生身のこの身が恨めしい。
(魂だけなら千里の道も行けるのに…)
晴明は、柱にもたれたまま、いつしか意識を飛ばしていった。
その頃、博雅は自邸の濡れ縁に出て、月を眺めながら葉双を吹いていた。
一通り吹き終わり、ぼんやりと物思いに耽る。
「晴明…どうしておるかな」
ここ数日、晴明の事ばかりが思い起こされた。何を見ても晴明を思い出し、内裏で偶然に保憲に出会うと、つい、晴明の事を訊ねてしまう。
自分でも、どうかしていると思う。
たった一人がこんなに気になるなんて。
気まずくなって離れていた時の不安とは違う。もどかしい様な…心が騒いで、落ち着かない。
ただ、逢いたい。早くその姿を見て安心したい。
「早く帰らぬかな…晴明。」
ひろまさ…
その時、声が聴こえた気がした。ふと、そちらを振り向くと、ぼんやりと人影が浮かび上がる。
その人影が徐々に形を取り、よく見知った人の姿になる。
「晴明…?」
その人影は晴明の姿を取り、微かに微笑を浮かべて目の前に佇んでいる。
「どうしたのだ…もう帰って来れたのか?」
「いや。この身は未だ播磨にある。博雅、おまえに逢いたくて魂が天駈けて此処まで来てしまったのだよ。」
「魂が…?」
突然の事に、博雅が驚き、動けずにいると、ふわりと晴明の顔が間近に迫り、唇が重なった。目の前の白い美しい顔が、そっと告げる。
「明日には播磨を発つ。近い内に京に戻る…早くおまえに触れたいものだ…」
そして、一瞬後には晴明の姿はかき消えていた。
「夢か…?」
そっと、自分の唇に触れてみる。肉体は無いのに晴明の唇の感触が残っている気がした。